忍耐—ヨセフ物語【ローマの手紙15章4節】

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ヨセフの成長

ヨセフは17歳の頃に兄たちから妬まれて、エジプトへ奴隷として売られてしまいました。

今まで父親の愛に満たされた平穏な生活が、いきなり孤独で動乱の生活に変化したのです。

しかし、ヨセフはその奴隷生活を耐え抜いたのです。忍耐力を養ったのです。

我慢と忍耐の違い

さて、みなさまは「我慢」と「忍耐」の違いを皆様はお考えになったことがありますでしょうか。

ある方が我慢と忍耐の違いをこのように語っておりました。

「我慢とは嫌なことが起きた場合に、それを嫌なものとしてしぶしぶ受け入れる行為」だそうです。

我慢しすぎて「堪忍袋の緒が切れる」ということわざもあるように、我慢すればするほど、自分の中に不幸な思いが溜まってしまい、そのうちに我慢の限界が来て、爆発してしまうからです。

それに対して「忍耐」とは、自分の周りで嫌なことや悲しいことが起こったとしても、どんな悲惨な状況であっても、将来に希望を抱きつつ、心を前向き、ポジティブな状態に保つことだそうです。

聖書が語る忍耐

そして、聖書が語る忍耐とは、どんなに辛いと思える状況の中にも、神さまが共にいて導いておられることを認め、今はトンネルの中を通過しているけれども、神さまは見捨てることなく、必ず、出口を備えていてくださるお方であると信じて耐えることだそうです。

また、聖書の「忍耐」は、ギリシア語で「自分の置かれた立場、場に固く踏みとどまる」という意味があるそうです。

忍耐というと受け身的なイメージですが、むしろ積極的・能動的な意味があるようです。

つまり、それは自分の置かれた場で、たとえそれが孤独や苦痛、悲しみを伴うことであっても、しっかりとその場に踏みとどまって自分の務めを果たしていくこと、これが聖書のいう忍耐だそうです。

新約聖書のローマの手紙15章4節のみことばを見てみましょう。

「……それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです。」

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会新共同訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

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