ストレスで苦しむあなたへ【心が愛で満たされるとき】#3

記事「ストレスで苦しむあなたへ」のトップ画像

この記事は約12分で読むことができます。

目次

フローラの苦難

フローラはイタリアのフィレンツェで生まれ、そこでアドベンチストの信仰を受け入れるとともに、イタリアを訪問していたアルバニア人のアドベンチスト、ダニエル・ルイスと出会いました。① 二人は1942年に結婚し、第二次世界大戦が終わるまでイタリアに留まっていましたが、1945年、幼い男の子を含む一家三人で、アルバニアに引っ越すことにしました。それは、公式に無神論を標榜する国の人々に、自分たちの信仰を伝えなければならないと感じたからです。この決断がどんなに多くのストレスを引き起こすことになるか、彼らはわかっていませんでした。

首相エンヴェル・ホッジャ指導下のアルバニア政府は、宗教指導者を残らず逮捕し、礼拝を行う場所をすべて差し押さえ、それらを体育館、倉庫、公衆便所などに変えてしまいました。宗教的な事柄を話すのはすべて禁じられ、あらゆる宗教の信者の多くが獄に入れられ、拷問にあい、強制労働収容所に収容されました。そのようなことから、アルバニアは宗教が消滅した世界で唯一の国だ、と最終的にホッジャは豪語しました。

ルイス一家は恐ろしい迫害を体験したため、1950年、ダニエルがかつて数年間生活し、薬学の訓練を受けた米国に移住することにしました。その時、ダニエルとフローラには二人の子ども、七歳のジョンと三歳のエステルがいました。出発前夜、ある情報提供者がダニエルをアメリカのスパイであると訴え、その結果、家族全員が逮捕されてしまいます。ダニエルとフローラは別々の牢獄に入れられ、子どもたちは孤児院に連れ去られました。ダニエルもフローラも、その信仰のゆえに拷問を受けました。

二人がもう一度だけ顔を合わせたのは、18か月後の裁判の時でした。フローラによれば、ダニエルの髪の毛は白くなり、歯はすべてなくなっていたといいます。フローラは解放されますが、ダニエルは牢獄に戻され、そこで土曜日に働くことを拒否したために拷問を受け続けました。そして二年後、心臓麻痺で亡くなったのです。

フローラはエステルとの再会を許されましたが、ジョンは孤児院に留め置かれ、のちに精神病院に移され、数年後、そこで死にました。母と娘は嫌がらせによって極めて困難な生活を送りますが、その嫌がらせには、信仰を撤回しないのであれば、海外からの仕送りを没収し、就労権を剥奪するといったものも含まれていました。

フローラとエステルは、想像しうる最高レベルのストレスにさらされなければなりませんでしたが、自由の時を待ち望みつつ、生き残ったのです。どのようにして、それができたのでしょうか。彼らは信仰に堅く立ち、絶えず神と交わり、数十年間も隠し持っていた聖書を読み続けたのです。

檻の中で聖書を読むイメージ画像

戦うか逃げるか反応

「戦うか逃げるか反応」として知られるストレスは、例えば、急速に燃え広がる野火とか、猛スピードで迫ってくる車など、差し迫った必要や強い恐れに対する有機体の反応なのです。しかしながら、恐怖は必ずしも身体を脅かす形でもたらされるとは限りません。恐怖は、例えば、不快な出来事の想起、不足や不完全さに対する激しい感情、誰かが私たちに対して言ってくること、罪悪感、金切り声を上げるよちよち歩きの子どもなど、心理的な刺激としてももたらされます。このことは、たいていの人がストレス──厳しい労働条件によって引き起こされる抗し難い圧力、罪意識、人間関係の問題、経済的窮乏など──によって理解しています。

人々が恐怖を抱かせる状況を感知すると、神経系・ホルモン系のさまざまな生理機構が体内に発生します。最も顕著な変化としては、グルコースの過剰産生、荒い呼吸と速い血流、筋肉の緊張、口の乾き、消化不良、血管の収縮などです。こういった生体過程におけるすべての変化によって、ストレッサー(ストレスの要因)と闘うか、あるいはそれから逃れるために必要なエネルギーが増加します。私たちのストレス反応システムは、被造物が危険の中で生き延びることができるよう、愛情深い創造主が配慮して立案してくださった優れたシステムなのです。

もちろん、ストレスも適度の量であれば好ましいものです。ストレスによって私たちのうちに産出される過剰なエネルギーが、予定どおりに企画を完成させたり、停留所を出発しようとしているバスを追いかけて飛び乗らせたり、家の掃除を済ませたりするのに必要な後押しをしてくれるからです。しかし、恐れを感じさせる警報が四六時中鳴っていると、それはまもなく無用なもの、つまり悪いものになり、胃潰瘍、過敏性大腸炎、高血圧、アテローム性動脈硬化、狭心症、心筋梗塞といった病気を引き起こすかもしれません。私たちの免疫システムに影響を及ぼす事態も起こり得ます。

カーネギー・メロン大学のシェルドン・コーエン教授が指導する研究者グループの実験によると、ストレスは風邪に対する人々の抵抗力を弱めるそうです。② まったく健康な394人の大学生のストレス・レベルが、一年間にわたって査定されました。彼らは五種類の風邪のウイルスを含む液を鼻腔にスプレーされ、気道内のウイルスの有無や風邪の症状の有無を確かめる検査を毎日受けました。研究者が発見したことの要点は以下の通りです。

1.事実上、被験者全員がウイルスを保有していたが、三分の一の被験者にのみ、風邪の症状が見られた。

2.ストレス・レベルの上昇につれて、ウイルスの量は増加し、より多くの風邪の症状が見られた。

3.「高ストレス」と判定された被験者は、病気が進行する確率が他の被験者より二倍高かった。

4.年齢、運動、食事、飲酒、喫煙といった変数を除いたあとでさえ、ストレスの影響は有意であった。

祈りの力

聖書を囲んで祈っているイメージ画像

イエスと親密な関係を維持してきた人たちは、祈りと神との交わりが人生のストレスにうまく対処する助けとなることを知っています。実際、祈りは私たちの防御機能を高めるのです。50以上の研究結果を分析したうえで、ケビン・セイボルドは、免疫システムに対する祈りと宗教的慣行の効果について、以下の結論に達しました。③

宗教的思索と祈りは血圧を下げ、心拍と呼吸をゆるやかにする脳と免疫システムとの間の双方向の活動を引き起こします。

祈りと瞑想は左脳の活動を高め、最善の免疫反応、特に感染から私たちを守る抗体の生成に関連したパターンを生じます。

祈りと宗教的慣行は中枢神経系に影響し、前頭葉を活性化し、自律神経系、大脳辺縁系(快・不快を感じる、情動、意欲、記憶に関与)、視床下部(体温調節中枢、交感・副交感中枢と睡眠、怒りや不安の精神行動中枢、摂食や満腹の苦痛中枢、清潔感や性欲の快感中枢)、ストレスを減らす扁桃体(さまざまな感覚情報が集まり、愛情や好きなもの・嫌いなものに反応する細胞等)の活動のバランスをとります。また、祈りと宗教的慣行は、リラックスした状態を誘引し、怒りや敵意を抑制するGABA(抑制性の神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸)、メラトニン(脳の松果体から分泌される眠りを誘うホルモン)、セロトニン(幸福感や安心感を与える感情に影響する神経伝達物質)といった内分泌物質のレベルを上げます。

人は価値や信念が公に認められると、コルチゾン(人体がストレスに対して反応する際に副腎皮質から放出される主なホルモン)のレベルが下がります。

宗教的慣行は道徳的判断をし、衝動を抑え、決断を下す前頭葉の活動を刺激するとともに、ドーパミン(運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習に関係する神経伝達物質)の生成を促します。このことから、宗教的慣行が積極的なものと認識されている時、永続しやすい、といった説明がつきます。

エリヤの祈り

エリヤが祈った一つの祈りは、たぶん上記の恩恵をもたらすことはありませんでした。この祈りは、身体的、感情的、精神的に激しく動揺したあとの異常な祈りでした。彼はこう懇願したのです。「主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください」(列王記上一九の四)。この絶望の瞬間に先立つ彼の経験が記されている列王記上一七章と一八章を調べてみましょう。

エリヤはアハブ王に、これから数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう、と告げました。神は、アハブから逃れてケリトの川のほとりに身を隠すよう、エリヤに指示を与えられました。飲み水は川から、食べ物は烏によって与えられました。

川が涸れてしまうと、神はエリヤをサレプタに送られました。そこでもエリヤは、息子を持つ貧しいやもめによって奇跡的に養われます。やもめの息子の死に際して、エリヤが少年の復活を祈り求めると、神は生き返らせてくださいました。

干ばつによって飢饉が激しくなると、イゼベルは主の預言者たちを殺し始めました。エリヤは、まことの神がバアルかイスラエルの神かを決める最終的なテストに参加しました。バアルの預言者たちは、彼らの神が犠牲の雄牛を焼き尽くしてくれるように願い、またエリヤはエホバの神を呼び、祭壇に供えた犠牲を天からの火で焼き尽くしてくれるように願いました。天におられる主なる神だけが、焼き尽くす火をもってその願いに応じられました。エリヤはバアルの預言者全員を殺させました。エリヤが雨を乞い願うと、激しい雨が降り、三年間の干ばつは終わりました。

エリヤのストレス

これらの出来事のいくつかは、まったく不都合なものではなかったことに注目してください。あるものは、たぐいまれなる神の力の顕現があった肯定的な出来事でした。しかし、すべての出来事はストレスに満ちていました。肯定的な性質の感情体験でさえ、人々のストレスを増すことがあります。人のストレスを数値化するのによく使用される道具として、ホームズとレイの「社会的再適応評価尺度(ライフイベント・ストレス表)」というものがあるのですが、この表では解雇を47点、結婚を50点としています。

エリヤが経験した諸々の非日常的な出来事は、彼のストレスの袋を破裂寸前までいっぱいにしていたことは想像がつきます。そして、バアルの預言者が聖絶されたことへのイゼベルの反応を知った時に、その袋は破裂したのです。「わたしが明日のこの時刻までに、あなたの命をあの預言者たちの一人の命のようにしていなければ、神々が幾重にもわたしを罰してくださるように」(列王記上19の2)というイゼベルのメッセージは、実にあからさまなものでした。これを聞いたエリヤは、命からがらユダのベエル・シェバに逃げ去り、絶望のあまり、もう十分ですから命を取ってください、と主に願いました。

エリヤはなぜ、この数か月間に起きた奇跡を思い出さなかったのでしょうか。死んだ男の子をよみがえらせ、天から火を降らせ、祈って大雨を降らせる力をお与えくださった同じ神に、なぜ服従しなかったのでしょうか。そうですね、人間として、これは私たちの人生を示す物語です。私たちは、朝に与えられた大きな祝福を夕方までに忘れてしまいます。しかしすばらしいことに、神は恨みを抱かれません。神は、私たちがあきらめるところで拾い上げてくださるお方です。エリヤになさったように、神は私たちに救いの手を差し伸べ、必要なものを供給してくださるのです。

スペインの地図画像

ストレスに対処する天来の方法

エリヤはイゼベルの意向を聞くや否や、従者を呼び、ともにベエル・シェバまでおよそ64キロの道のりを逃げ延びました。そして、従者をそこに残すと、彼は一人で荒れ野に入り、一日の道のりを進みました。まる一週間、エリヤは早足でしっかりと歩き続けたに違いありません。結局のところ、死から逃げていたのです。しかしその次には、えにしだの木の下に座り、命を取ってくださいと主に願い、そこで眠ってしまいました。

この火急の時に神は天使を送られ、疲労困憊している預言者を支えられました。死と臨終の思いを断つには、栄養と眠りが必要でした。食べ物はたいていの人、特に食欲のある人を元気づけますが、数日間、歩き続けてきたエリヤの食欲は、すさまじいものだったに違いありません。焼き石で焼いたパン菓子と瓶に入った水は、きっと彼を生き返らせたことでしょう。何しろ、それは天使が調理してくれたものだったのですから!

このパンに相当する現代の中東のパンがどういうものなのかははっきりしませんが、極東で食べるベビンカのようなものだったのでしょう。ベビンカは、米粉、ココナッツ・ミルク、砂糖でできたパン菓子で、バナナの皮に包んで熱い炭の上で焼いたものです。フィリピンに住んで旅に出なかった頃、毎週日曜日の朝早く、よく市場に出かけました。ベビンカが売られている屋台にいつも立ち寄っていくつか買い、サラバットという生姜のお茶といっしょに朝食として食べたものです。ベビンカは、直径16センチから20センチ、厚さはパンケーキ二、三枚ぐらいのボリューム満点の食事なので、私にエリヤを思い起こさせます。エリヤが食べたパン菓子と同じく、ベビンカは熱い炭の上で焼きます。何年たっても、ベビンカを焼くいくつもの小さな赤い炭火に取り囲まれた、ふっくらした中年女性のうれしそうな顔を、私はありありと思い出すことができます。この女性は私を見るなり、顔中笑みをたたえて、「一つ?二つ?」と聞いてきたものでした。

時には断食も良いものですが、精神が落ち込んでいる時にはお勧めできません。食べ物は栄養を与えてくれるだけでなく、イライラした感情の機嫌を治してくれます。天使が与えてくれた処方箋には、睡眠が続いていました。こうしてエリヤは、この世のものとも思えない食事のあと、昼寝をしたのです。

私はスペインで生まれ育ちました。たぶん訪問者をいちばん驚かせるスペインの慣習は、昼食後の昼寝です。午後二時頃の昼食は、一日の食事の中でもいちばん豪勢なもので、そのあとに一、二時間の昼寝が続きます。労働者はたいてい勤務先近くに住んでいるので、昼食と昼寝のために一時帰宅が簡単にできます。たいてい仕事はこの習慣を避けてスケジュールを組んでおり、人々は午前九時から午後二時までと、午後四時から七時まで働くのです。大都会での多少の例外はあるにしても、店、博物館、他の観光スポットが昼日中の二時間(夏は三時間)閉まってしまうので、外国の旅行者は時折いらつくことになります。旅行者は、その間に何をしたらよいのか、わからないからです。しかし、食事、交わり、睡眠によって一日をはっきり分割することで、一日中働き続けるストレスから解放されます。

天使は二回目のうたた寝からエリヤを目覚めさせると、旅が長いものになるのでもう一度食事をするように告げました。ホレブの山(シナイ山)に着くには、320キロ近く歩かなければなりませんでした。運動は、ストレスの多い、緊張した人に驚くべきものをもたらします。運動は十分に用いられていません。

数年前、自己啓発本だろうと思いつつ、『静かな活力(CalmEnergy)』④という題のロバート・セイヤーの本を購入しました。ところがそうではなく、この本は食事と運動によって気持ちを整える仕方について、著者や他の人々によってなされた研究結果を集めたものだったのです。個人への応用法とともに、実際的な精神衛生の介入法をいろいろ学ぶことができたので、この本を購入して良かったと思っています。

それらの研究の一つは、10分間、早歩きした被験者の活力効果を運動後30分、60分、120分の測定に基づいて査定したものです。10分間の運動は、際立って人の活力レベルを60分間、有意に高めました。さらに別の結果によると、静かな運動をした人は二時間後でも、微弱ではあるものの有意なレベルで、活力が高まっていました。本書で報告されているさまざまな研究の中の最大の発見は、運動が、わずか20分であっても、気分に二つの変化をもたらすということでした。第一の変化は、活力感、爽快感、回復感などであり、第二の変化は、幸福感、喜び、快感などです。自分でも何度もこれを検証するチャンスがありました。

激しい運動の末、エリヤはシナイ山までの道のりを「四十日四十夜」(列王記上19の8)で制覇しました。その山にたどり着いたエリヤは、主に出会い、主の御声を聞き、天に召される前に実行する仕事についての指示を受けました。彼はこれらの任務に関して預言者の役割を果たし続けますが、以後、彼が動揺する姿は見られません。

私たちは、張り詰めた人生を送ったエリヤの最後が栄光に満ちたものであったことを知っています。エリヤは火の馬に引かれた火の戦車に乗り(列王記下2の11参照)、地上から天国へ、つむじ風によって取り去られました。私たちは、エリヤが天国で何をしているのかわかりませんが、天国に着いてから数世紀後に実行した一つの任務を知っています。神は、受難と十字架を前にされたイエスを励ますため、人間の苦労を経験したエリヤとモーセを天国からパレスチナの山へと送られたのでした。

イエスのストレス対処法

イエス様のイメージ画像

イエスは言葉と模範を通して、日常のストレスに対処する方法に関して具体的な助言をお与えになりました。癒し、説教、群衆への給食、誘惑、さまざまなグループからの迫害などにおいて、日々経験する大きな必要にイエスが立ち向かうことがおできになったのは、父なる神との親密な交わりや、ベタニアの友人たちなど、他の人からの支援によってでした。福音書がイエスについて伝えていることから、私たちは教訓を確実に引き出すことができます。

イエスは祈りと瞑想によって父なる神との関係を強化されました。例えば、「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」(マルコ1の35)と、マルコは伝えています。時々、イエスは弟子たちを招いて、「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」(マルコ6の31)と言われました。朝晩の静寂の中での祈りは、神の御声に感銘を受け、人生がもたらす挑戦に立ち向かうための活力と知恵を得ることのできる唯一の時かもしれません。

イエスはまた、交わりを通して息抜きをなさいました。私たちは、イエスが時折、ラザロ、マルタ、マリヤの家に引きこもられたことを知っています。また主は、弟子たちが気晴らしができるようになさいました。弟子たちがストレスの多い働きから戻った際の必要をイエスは理解しておられたと、ホワイト夫人は述べています。

彼ら[弟子たち]の働きは大いに彼らを勇気づけるものであったが、彼らはまた疲れを覚えていた。その時、イエスは彼らを人里離れた場所に案内されたが、そこは荒廃した、寂しい荒れ野ではなく、静かで、目に心地よく、身体を元気づける隠遁の場であった。彼らはガリラヤ湖畔のお気に入りの所の近くに、そのような場所を求めた。……クリスチャンの生活は、絶え間ない活動や絶え間ない瞑想によって成り立っているのではない。……群衆や働きの場から離れ、休息とレクリエーションの時を持つことで彼らが元気づくことを、イエスはご存知であった。そこで、あわただしい町を出て、イエスとお互いが貴重な交わりを持つことのできる静かな所へ、彼らを退かせようと努められたのである。……イエスの弟子たちは、どのように働き、どのように休息するかに関して教育される必要があった。今日、神がお選びになった働き人たちは、しばし人里離れた所へ行って休みを取るようにというキリストのご命令に、耳を傾ける必要がある。⑤

Ellen G. White, My Life Today (Washington, D.C.: Review and Herald, 1952), 133.

私たちはまた、働きを通してストレスを軽減することができます。ただし、それはあらゆる種類の働きを通してではなく、他者に休息をもたらす働きを通してのみです。イエスは基本的に無私の生涯を送られました。他者に奉仕するため、イエスは常に神から与えられる活力をお用いになったのです。ペトロは説教の中で、イエスの生涯を次のように要約しています。「イエスは、方々を巡り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが、それは、神が御一緒だったからです」(使徒言行録10の38)。

ボランティア活動や近隣地域の催し物などに携わる人たちは、それに携わらない人たちよりも、より大きな幸福感と満足感を得ている、という報告がなされています。アラン・ラックスとペギー・ペインは、ニューヨーク市の非行少年指導プログラム「ビッグ・ブラザー/ビッグ・シスター」に参加している3,296人のボランティアを調査しました。彼らの95パーセントが押しなべて幸福であり、自尊心が育っているという報告をしています。彼らはまた、否定的な経験をささいなものだと認識する傾向がありました。⑥

あなたが相当のストレスを感じているなら、書類、仕事の道具、思想……その他何でも下に置き、イエスがどのように働き過ぎに対処されたか、よくよく顧みる必要があるかもしれません。そして、この約束を思い返してください。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」(マタイ11の28、29)。

参考文献

①           英国のニューボルド・カレッジの教え子のアルバニア人ジュリアン・カストラテイと、当時のトランス・ヨーロッパ支部コミュニケーション部長のレイ・ダブロウスキーが、フローラ・ルイスの話を私にしてくれました。

②           Sheldon Cohen et al, “Psychological Stress and Susceptibility to the Common Cold,” New England Journal of Medicine 42 (1991): 606–612.

③           Kevin Seybold, “Physiological Mechanisms Involved in Religiosity/Spirituality and Health,” Journal of Behavioral Medicine 30 (2007): 303–309.

④           Robert E. Thayer, Calm Energy: How People Regulate Mood With Food and Exercise (Oxford: Oxford University Press, 2001), 35.

⑤           Ellen G. White, My Life Today (Washington, D.C.: Review and Herald, 1952), 133.

⑥           See Allan Luks and Peggy Payne, The Healing Power of Doing Good: The Health and Spiritual Benefits of Helping Others (New York: Ballantine, 1992).

*本記事は、フリアン・メルゴーサ『健全な精神と感情──心が愛で満たされるとき』からの抜粋です。

著者:フリアン・メルゴーサ博士
ワラワラ大学教育心理学部学部長。スペインのマドリッド出身。マドリッド大学で心理学と教育学の研究をし、アンドリュース大学院から教育心理学で博士号を授与される。スペイン、英国、フィリピン、米国において、教育者、カウンセラー、行政家として奉仕。フィリピンの神学院アイアス(The Adventist International Institute of Advanced Studies)元学長。精神的・霊的健康に関する主な著作に以下の書がある。Less Stress (2006),  To Couples (2004), For Raising Your Child (2002), Developing a Healthy Mind: A Practical Guide for Any Situation (1999). 最近の学術論文に以下のものが含まれる。‘An Adventist Approach to Teaching Psychology’ (70-4, 2008) Journal of Adventist Education.  ‘Professional Ethics for Educational Administrators’(66-4, 2004) Journal of Adventist Education.

当サイトの活動はすべて無料で行われており、皆様の寄付金によって支えられております。今後とも、皆様からの温かいご支援をよろしくお願いいたします。
ご協力いただける方は、ゆうちょ銀行の下記口座へご送金いただければ幸いです。 

口座番号 00220ー1ー73287
加入者名 アドベンチスト・メディアセンター

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会新共同訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

関連コンテンツ

よかったらシェアしてね!
目次