人生における真の喜びーサディオ・マネの割れたスマホ

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サディオ・マネ

アフリカで最も有名なサッカー選手の一人であるサディオ・マネをご存知でしょうか。

1992年4月、セネガル共和国のセディウ州にあるバンバリという小さな村で育った彼は、極度の貧困により学校へ行くことができず、毎日畑で働きながら生活していました。そんな彼は幼い頃からサッカーに興味を持ちはじめ、ボロ布で作ったサッカーボールで近所の少年たちと裸足でサッカーをして遊んだと言います。

やがてその才能が認められ、プロとしての人生を歩み始めた彼の現在の年俸は、今では週給で1億円程度と言われています。

しかし、マネはサッカー選手として知られると同時に、貧困に苦しむ人々への援助を怠らないことでも有名です。彼は自分の手元に入るものは全て人と分かち合うべきだと考え、自身は質素な生活を送り、日々彼の故郷をはじめ、様々な支援に励んでいます。

割れたスマホの画面

そんな彼の質素なライフスタイルが話題になったある出来事がありました。ある試合前のこと、マネ選手は画面の割れたスマートフォンと有線のイヤホンを持って試合会場を訪れました。

当然、彼の収入を考えればこれは非常に不思議に思うかも知れません。

ですので、ネットでは笑いのネタにされたことさえありました。そしてこのことについてある記者からインタビューを受けた際、彼はこう答えました。

フェラーリを10台持つ、ダイヤモンド付きの時計を20個持つ、プライベートジェット機を2機とか持っていたとしても、それが僕や世界の何の役に立つのでしょうか。
それらで私や世界は幸せにはなりません。私は子供の時、貧困のため学校に行って学ぶことができず、空腹で、働きながら裸足でサッカーをしていました。
学歴もないけれど、今は幸運にもサッカーで得たお金で人を助けることができ、学校、病院、スタジアムを建て、極度の貧困状態の人たちに食糧、衣服、支援金を毎月渡すことができています。
私の人生に必要なものはもう十分に揃っているので、せっかくのお金を賢く使うよう心がけています。

彼の故郷であるセネガルでは、人々は毎日1ドル以下で生活していると言われています。最新のスマホを当然のように持ち、当たり前のご飯、当たり前の衣服、当たり前の教育を受けて育った私たちのライフスタイルの真髄はどこにあるでしょうか。人生を単なる物質的な基準で計ることに幸せは見出せません。

人生における真の喜び

愚かな者としてではなく、賢い者として、細かく気を配って歩みなさい。時をよく用いなさい。今は悪い時代なのです。

エフェソの信徒への手紙5章15ー16節

一般的に「賢い」と言うと、それは私たちのIQ(知能指数)や知識・学歴に関することをいっていると言えます。しかし、聖書のみ言葉における賢さとは決してそうではありません。

聖書のみ言葉が教えている賢さというのは、神様の御心(思いと意志)を素直に受け止め、実践する人たちのことをいっているのです。つまり、神さまの言われたことに従って日々歩んでいるだろうかということを意味しています。

詩篇111編10節(リビングバイブル)には次のように記されています。

人はどうすれば知恵をみがけるでしょうか。それには、主を信じて従うことです。神のおきてを守ってこそ、賢くなれるのです。

詩篇111編10節(リビングバイブル)

では、そんな神さまの言葉が集められた聖書にはいったい何が書かれているのでしょうか。

もちろん聖書はイエス・キリストの愛について書かれている本ですが、本日のメッセージをもとにいうのであれば、それは「他者の必要を満たし、他者の祝福となること」です。神さまは私たちが互いに協力し、支え合うことを喜ばれるお方だからです。

一方の愚かな者というのは、神様のみ言葉に従って歩まない生き方、つまり自分の幸せだけを求めて生きる者のことをいいます。

いくらこの世の知識を蓄え、この地上で成功を収めたとしても、私たちの造り主である神様の御心に沿って生きなかった者は、キリストの再臨によってこの世を去る時に全てを失うことになります。

サディオ・マネは言います。「僕にとって、誰かの手伝いをすることは何よりも大切なことなのです。人生で自分が得ることのできたものを他の人と分かち合って喜び合う方がずっと嬉しいのです」と。

愛するイエス様、今日もあなたのみ言葉によって私たちが喜びを持って豊かに生きることができる特権が与えられている幸いを感謝します。私たちはどうしても自己中心的な生き方をしてしまう弱い存在です。
どうぞそのような私たちを赦し、弱さを持った私をお受け入れください。あなたは私に全てをくださいました。
ですからこれからも日々あなたのみ言葉を学び、祈ることによって他者に与える喜びを味わうことができるように、今日も力をお与えください。愛するイエス様の御名によってお祈りいたします。アーメン。

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会新共同訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

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