主を賛美する言葉を語る【言葉の主】#21

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言葉の賜物は素晴らしい祝福にもなれば、恐ろしい呪いにもなります。私たちがキリストの主権のもとで新しく生まれ変わるとき、キリストは私たちに御自分を言葉の主とするように求められます。賢明に用いるなら、私たちの言葉は神に栄光を、周囲の人々に祝福をもたらします。悪用するなら、悲惨な結果をもたらします。悪意に満ちた言葉は神を悲しませ、周囲の人々を傷つけます。

「言葉の能力は尊い賜物である。もし人間の最も気高い能力である分別が神を知らしめる働きに加えられるなら、言葉の賜物は人々に恵みをもたらす手段となり、神についての知識を伝える経路となる」(エレン・G・ホワイト『原稿集』第19 巻277 ページ)。

今週(テーマ「言葉の主」)は、どうしたら私たちの言葉を神の栄光と人々の祝福のために用いることができるかを考えます。使徒パウロが若いテモテに与えた勧告は今日の私たち一人ひとりに当てはまります。「言葉……の点で、信じる人々の模範となりなさい」(Iテモ4:12)。

主を賛美する言葉を語ることは私たちにとって最高の特権です。詩編は主を賛美するようにという勧告で満ちています。詩編作者ダビデは詩編9 編で次のように宣言しています。「わたしは心を尽くして主に感謝をささげ 驚くべき御業をすべて語り伝えよう。いと高き神よ、わたしは喜び、誇り 御名をほめ歌おう」(詩編9:2、3)。

詩編146 ~ 150 編を、できるだけ多く読んでください。詩編作者がこれほど主を賛美しているのは、主のどんなことのゆえでしたか。

言葉の賜物を用いて神を賛美している人たちの証しが聖書全体に見られます。一例をあげると、ネブカドネツァル王の夢がダニエルに啓示されたとき、若い預言者ダニエルは直ちに主を賛美しています(ダニ2:20 ~ 23 参照)。このようなことは聖書のあちこちに見られます。

音声や文字で主を賛美することはどんな霊的祝福をもたらしますか。

言葉は、それを聞き、読む人だけでなく、それを話し、書く人にも影響を与えます。私たちは主の慈愛、憐れみ、御業をたたえることによって、実は主の慈愛、憐れみ、御業に対する私たち自身の信仰と感謝の念を深めているのです。それらについて考えることも重要ですが、音声によってであれ文字によってであれ、それらを表現することも重要です。したがって、聖書が章全体を、主を賛美することに用いているとしても不思議ではありません。

◆ 主に対するあなたの賛美の気持ちを表した詩編を書き、声に出して読んでみましょう。言葉に表すことがどんな効果をもたらすか自分で試してみてください。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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