快い言葉で語る【言葉の主】#22

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コロサイの信徒への使徒パウロの勧告について考えてください。「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい」とはどんな意味ですか。当時、塩は保存料として用いられていました。

コロサイ4:6

聖書はどこにも、恵みが人間の心に生じるとは教えていません。恵みはいつでも神の心に生じるものです。恵みは努力によって得られるものではありません。それは祈りを通して天から与えられるものです。私たちの生活が恵みに満たされているときに初めて、快い言葉で[恵みをもって]語ることができます。それはどのようにして可能になるのでしょうか。あらゆる恵みの源であるお方と日ごとにつながっていることによってです。恵みがどのようにして私たちに注がれるかを理解することによってです。この大いなる真理、すなわち私たちには恵みを受ける資格が全くないこと、したがって私たちが恵みを受けるのは神から、キリストを通してであることを理解するときに初めて、私たちは人々に恵みを語ることができます。

姦通の場で捕らえられた女の物語を読んでください(ヨハ8:1 ~11)。女と女を告発する者たちに対するイエスの言葉はどんな意味で、快い言葉を語る[恵みをもって語る]ことの実例ですか。

私たちはしばしば、恵みではなく、怒りや裁き、報復に満ちた鋭い言葉を語りたくなるような状況に直面することがあります。ときには、断固とした言葉を語る必要のある状況に置かれることがあるかもしれません。しかし、そのようなときでも、恵みを表すか利己的な性格を表すかを決めるのは、私たちの話し方と口調です。たとえ虐待されたとしても、主は私たちに非難と報復の言葉ではなく恵みの言葉をもって応答するように望まれます。キリストの苦難は、私たちを虐待する者たちに対しても恵みの言葉を語ることについての完全な模範です。

◆ 最近、人を傷つけるような恵みに欠ける言葉を語ったことはありませんか。赦しを求めることはもちろんですが、同じ過ちを繰り返さないためにはどうしたらよいと思いますか。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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