聖霊の力をもって語る【言葉の主】#24

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だれかが聖霊の力をもって語ると言うときには、一般的に宣教のことを考えます。聖書もはっきりと、聖霊の力をもって宣教することは神の御旨であると教えています。

使徒言行録1:8 にあるイエスの約束とコリントI の2:1 ~ 5 にある使徒パウロの証しを読んでください。力ある宣教の秘訣は何ですか。

力ある宣教は人間の知恵や雄弁から来るものではありません。むしろ、それは主イエス・キリストとの親密な個人的関係に入った人の証しです。パウロの宣教を承認された聖霊はまた、現代の謙遜なキリストの僕たちにも天来の力をもって語る力をお与えになります。

しかしながら、聖霊の力をもって語ることは宣教に限られたものではありません。神は、私たちのあらゆる言葉が天来の力をもって語られるように望まれます。事実、キリストの主権のもとで新しい命を生きる私たちはみな、聖霊の力をもって語る特権と責任を与えられています。しかしながら、神の力は必ずしも雄弁だけを意味するのではありません(出4:10、I コリ2:1 参照)。もし私たちが聖霊によって語っているなら、その言葉、口調、内容も聖霊に導かれた人の生活に見られる聖霊の特質を反映するものとなります。私たちの言葉は私たちがどのような者であるかを明らかにします。私たちが肉によって歩いているか、霊によって歩いているかを明らかにします。

さらに言えば、雄弁であることを聖霊によって語ることと混同してはなりません。歴史上の悪名高い圧政者の多くも、その力ある弁舌で知られています。しかし、彼らが聖霊によって語っていたと言う人はまずいません。

◆ コリントI の12:1、2、ガラテヤ5:22、エフェソ5:9、10、6:17 ~ 19 を読んでください。これらの聖句は聖霊の力によって語っているか否かを知る手がかりとなるどんな原則を示していますか。それらをあなた自身の生活と言葉に当てはめてみてください。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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