人のために祈る【祈りの主】#29

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イエス・キリストを祈りの主とする人は、イエスと共に人の執り成しのために祈ります。イエスは集団のために(ヨハ17:9、20 参照)、また個人のために祈られました(ルカ22:31、32 参照)。いくつかのギリシア語動詞がイエスの祈りを描写するために用いられていますが、その一つは「懇願する」で、ペトロのための執り成しの祈りを描写しています(ルカ22:32)。「サタンはキリストの全能の執り成しに対して全く無力である。キリストがペトロのためにささげられた祈りは、キリストが謙遜で心から罪を悔い改めたすべての人のためにささげられる祈りである」(エレン・G・ホワイト『神の息子・娘たち』91 ページ)。

次の聖句は、人のための祈りについてどんなことを教えていますか。

エレ29:7

ヤコ5:16

フィリ1:9、10

マコ9:29

ロマ15:30、31 

困難や試練に直面している人たちのために祈るように求められることがよくあり、その名前が教会で発表されたりすると、祈りを必要としている人の多さに驚かされます。聖書には人々のために祈る神の忠実な僕たちの勧告や模範が数多く記されています。私たちも自分の分を果たすように求められています。祈りには、霊と真理をもって祈る人にしか経験できない力があります。

事実、祈りの力は科学的にも取りあげられて、病人のための祈りが病気の回復に確かな効果があると科学者や医者を確信させるような研究もなされています。これは「科学的な」観点からは説明できない事実です。こうしたことはすべて、祈りには科学では理解・説明できない何かがあることを示しています。

◆ 祈る必要はないと私たちに思い込ませるために、サタンはどんな思想を吹き込みますか。このような思想を拒絶し、献身して人々のために祈るにはどうしたらよいですか。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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