関係の神【関係の主】#31

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関係のために造られるー神はアダムを創造された後で、次のように言われました。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」(創2:18)。アダムは創造主によって賞賛される単なる芸術作品ではありませんでした。彼は関係的な存在であって、神と、またほかの被造物と親しく交わるという生まれながらの願望を持った者として造られました。主がエバをアダムのもとに連れてこられ、親密な交わりに入れられたアダムは、次のようにあかししました。「ついに、これこそわたしの骨の骨 わたしの肉の肉。これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう まさに、男(イシュ)から取られたものだから」(23 節)。モーセは、私たちの最初の両親が享受していた親密な関係を次のように描写しています。「人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった」(25 節)。

この最初の関係的な出会いはその後、大きく変わりました。関係は罪によって損なわれ、分裂しました。神は私たちに御自分の最初の計画に含まれていた意義深い、親密な関係を体験するように望んでおられます。

人間として、私たちはほかの人間との関係の中で生きています。決して関係から逃れることはできません。私たちが関係の中で存在するように造られていることは自然そのものからも明らかです。

その証拠に、私たちがこの世に誕生したのは関係の結果です。誕生後でさえ、赤ん坊は自分だけでは何時間も生きられません。彼が生き残るためには関係が必要です。つまり、自分の世話をしてくれるほかの人が少なくとも一人必要です。肉体的な世話と同じくらい、精神的な世話も必要です。愛情と関心が必要です。彼は人間の愛、つまり接触や言葉、雰囲気や態度を知っていて、それに応答します。赤ん坊は木やベッドにではなく、ほかの人間に結ばれるように造られています。愛情深い両親に結ばれた赤ん坊はそうでない赤ん坊よりも上手に適応します。それは、私たちがほかの人との関係の中で生きるように造られているからです。

しかし、人間の存在と独自性にとって最も基本的なこの関係に異変が生じました。私たちの周囲の至るところに、損なわれた関係の実例を見ることができます。人間の苦痛・心痛の大部分は、関係が損なわれたことの結果です。

しかし、私たちを愛する神は、私たちの存在の重要な一部分である関係を心に留めてくださいます。神は私たちに、有益で、健康的で、肯定的な関係に入るように望んでおられます。聖書がこの重要なテーマを強調しているのはそのためです。

出エジプト記20:14、17、ルカ6:27、28、エフェソ4:32、5:25、フィリピ2:2、3、ローマ12:2 ~ 21、ガラテヤ6:2 を読んでください。これらの聖句は人間関係についてどんなことを教えていますか。聖書がほかに人間関係について何と教えていますか(学んだことをクラスで話し合ってください)。

私たちのキリストとの歩みがどのような状態にあるかは、私たちが人々とどのような関係にあるかによって測られます。この意味で、クリスチャンは何にも増して人間関係をイエス・キリストの主権のもとに置く必要があります。

◆ あなたの人間関係はどの程度、上記の聖句に示された原則を反映していますか。改めるべき点はありませんか。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
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