あらゆる完全な賜物を感謝する【財産の主】#36

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最大の賜物―詩編作者は言っています。「地とそこに満ちるもの 世界とそこに住むものは、主のもの」(詩編24:1)。私たちが受けるあらゆる善にして完全な賜物は父なる神の御手から来ます。最大の賜物は、神がその独り子をお与えになったほどに世を愛されたときに与えられました。

「神はその一つの大いなる賜物において全天を人間に注ぎ出された。それから、限りない祝福、恵みにつぐ恵み、賜物につぐ賜物をもって人を囲うことによって、その働きを完成された。こうして、来るべき世界のあらゆる宝が私たちに啓示された」(エレン・G・ホワイト「宣教の働き」『サインズ・オブ・ザ・タイムズ』1891 年8 月17 日)。

キリストの尊い血によって贖われるとき、私たちはキリストをあらゆる財産の主として認めます。私たちのあらゆる財産が自分自身からでなく、ただキリストから来るからです。とするなら、私たちは所有者ではなく、管理者です。管理者である私たちは、財産の管理を私たちにまかされた主と一体になります。私たちは管理者としての責任を受け入れ、主に代わって働きます。

ヤコブは外国に散らされているクリスチャンに対してどんな重要な真理を再確認していますか。彼はどんな過ちを避けるように勧めていますか。

ヤコ1:16、17

現代人は、自分の持ち物は自分で稼いだものであるから、自分で自由に使ってもかまわない、と考えています。しかし、聖書によれば、私たちの財産は私たち自身に由来するものではなく、神に属するものです。良い贈り物、完全な賜物はみな、上から来ます。もし愛に満ちた天の神がおられないなら、命も、意味も、将来もありません。使徒パウロは、「我らは神の中に生き、動き、存在する」と言っています(使徒17:28)。

私たちが日ごとに受けている祝福がどこから来るか考えてみてください。私たちには感謝すべきことがたくさんあるということを正しく認識しているでしょうか。私たちの持ち物の中で、創造主なる神にその起源を持たないものがあるでしょうか。私たちの富、力、名声などはすべて、万物の創造主である神なしには始まりません。この事実を決して忘れてはなりません。

安息日はこの重要な真理を毎週、心に留める上でどんな助けになりますか。

イスラエルの子らは、約束の地で多くの祝福に囲まれて暮らすにあたって、どんな危険に直面しましたか(申8:7 ~ 18)。主は彼らに何と警告されましたか。私たちもどんな意味で同じ過ちを犯す危険がありますか。

◆ あなたはどんなかけがえのない賜物を与えられていますか。それらはどんな意味で重要ですか。どうしたら、自分はそれを受けて当然、あるいは自分にはそれを受けるだけの価値がある、と考える危険から守られますか。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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