聖霊の宿る神殿【体の神殿の主】#43

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コリントのクリスチャンに宛てた最初の手紙の中で、使徒パウロは私たちの体をもって神を崇めることの大切さを強調しています。コリントの信者は、性的不道徳が蔓延し、奨励されるような都市に住んでいました。サタンは未信者に対しても信者に対しても神の似姿を損なわせようとしていました。乱交は社会に害悪をもたらしていたばかりでなく、教会の中にも浸透してきていました。

性的不道徳の悪影響に関連して、パウロは体をもって神を崇める理由について何と言っていますか。

I コリ6:19、I コリ6:20

上記の聖句の中で述べられていることを要約してください。どうしたら、それらの原則を実際の生活の中で活かすことができますか。

主に従う者として、私たちは自分の体を不注意に扱うべきではありません。「自分の命を好きなように扱ってどこが悪い」と言う人たちがいます。しかし、神の御言葉はそのような自己中心的な考えを戒めています。有害な行為はその人自身を個人的に傷つけ、神の御名を汚すことになります。

自分の体が聖霊の宿る神殿であるとするなら、私たちはほかにどんな行為を避けるべきですか。

箴20:1、25、申21:20、I コリ10:31 参照

自分の体をもって神を崇めるとは、性的不道徳を避けること以上のことを意味します。自分の体が聖霊の宿る神殿であって、イエスの尊い血によって贖われたものであるという意識は、私たちの生活のあらゆる面に及びます。有害な薬物や行為によって体の神殿を汚すことを避けるのはもちろん、積極的に自分の体を大事にし、神を崇めるような活動に参加します。

◆ 「重要なのは霊的な問題だけであって、肉体的な問題ではない」。あなたはこのような考えにどのように応答しますか。人間の肉体的領域と霊的領域との間には密接な関係があることを、あなたはどのように理解しますか。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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