エデンにおける労働の賜物【労働の主】#46

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労働の神聖さー私たちは主イエス・キリストに従う者として、地上のものにではなく天上のものに心を向けるように求められています。同時に、神は私たちに毎日勤勉に働くように求めておられます。タラントンのたとえに関連して、エレン・ホワイトは次のように述べています。「神は、この人生の一時的な事柄の中にあって、神に奉仕するように、わたしたちを召されたのである。この世の仕事を勤勉にすることは礼拝と同様に、真の宗教の一部である。……真に悔い改めた男女は、すべて勤勉に働く者となるのである」(『キリストの実物教訓』319 ページ)。

今日から五日間は、イエス・キリストを救い主また主として受け入れた人たちにとって、労働の賜物がどんな意味を持つかを考えます。有用で生産的な労働が御国の市民としての証しの中で重要な意味を持つことを学びます。

一般的な考えとは異なり、毎日の労働は罪深い世界に住んでいることの否定的な結果ではありません(労働そのものが悪であるという考えは罪の結果です)。人類家族に与えられた意義深い労働は神の最初からの、完全な計画の一部でした。

創造主は人類の最初の両親にどんな役割をお与えになりましたか(創1:27、28、2:15)。この役割はどんな性質のものでしたか。罪のない、完全な世界に労働があったのはなぜですか。このことは労働全般に関してどんなことを教えていますか。

エデンの園は何ひとつ欠陥のない世界でした。すべての被造物は完全な調和の中にありました。このような田園的な環境の中にあって、神はアダムとエバに、園そのもののために、また世界全般のために、意義深い役割をお与えになりました。彼らと周囲の被造世界との関係は、ただそれを楽しむためだけのものではありませんでした。むしろ、彼らは被造世界と相互に交わるべき存在でした。彼らは世界を支配するのでした。つまり、彼らは園の管理者兼世界の支配者となって、自らの住まいを管理し、地とその中のものを支配するのでした。地から造られ、明らかに地の一部であった彼らは、地上の労働者として、また地の支配者として働くのでした。これは意義深い役割でした。

アダムとエバは私たちと同じ人性と、成長し、学び、向上する能力を与えられていました。罪のない環境の中にあっても、神が彼らに労働し、責任を負うように求められたのはなぜだと思いますか。

◆ どんな職種であれ、私たちの労働が成長し、学ぶ機会を与えてくれるのはなぜですか。どうしたら、そのような労働の機会を最大限に活かすことができますか。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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