働きながら主の再臨を待つ【労働の主】#50

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主イエス・キリストは「タラントン」のたとえを通して、持てる能力を最大限に生かして主の再臨を待つことの重要性を強調しておられます。

マタイ25:14 ~ 30 にあるタラントンのたとえを読んでください。このたとえから日々の生き方に関してどんな教訓を学ぶことができますか。

「すべての人に何らかの能力が与えられている。だれにでも主のためになすべき働きが与えられている。だれも言い訳をすることはできない。だれも怠惰であってはならない。すべての人が最善を尽くすように求められている。彼に委ねられた能力を、主のために聖別された奉仕のために用いなければならない」(エレン・G・ホワイト『レビュー・アンド・ヘラルド』1896 年4 月21 日)。

タラントンのたとえは「十人のおとめ」のたとえのすぐ後に出てきます(マタ25:1 ~ 13 参照)。十人のおとめのたとえは信仰と献身と祈りの生活を強調しています。聖霊はこのような人のうちに働いてくださいます。一方、タラントンのたとえは活動的なクリスチャンの生き方を強調しています。それはただ祈り、信じ、学ぶ生き方ではなく、主のために積極的に働く生き方です。

しかしながら、ここに教えられている原則は主のための働きに限定されるものではありません。たとえの中の忠実な僕たちのように、私たちはすべての業、すべての行いにおいて忠実で、勤勉であることを求めます。

このたとえは、救いがただ信仰によるという考え方(ロマ3:28、4:1 ~ 13、ガラ2:16)とどのように調和しますか。

私たちの信仰は私たちの行い、つまり神から与えられた賜物をもって何をするか、によって表されます。私たちのキリスト教信仰はその生き方と切り離すことができません。私たちの生き方はその働き・仕事と切り離すことができません。職場において、忠実に、勤勉に、正直に働くことは私たちの信仰をはっきりと表現すること、また私たちの仕える神を力強く証しすることになります。

◆ もしだれかがあなたの仕事ぶりを見てあなたの信仰を知るとするなら、彼はあなたの信仰についてどんな印象を抱くと思いますか。

『キリストの実物教訓』335、336 ページを読んでください。 神のために全時間の奉仕に召されている人たちがいます。そのような人たちは御国の働きのために全的に献身する特権と責任を与えられています。エレン・ホワイトは全時間の働きに関して次のように述べています。「今は一般の働きについている多くの若者たちも、神の働きに献身し、光を伝える経路になりたいと願うようになる。……これらの人たちに神の働きに必要な教育を受ける機会を授けなさい。神の働き人はみな、祈りと忠実な交わりをもって互いに助け、励まし、自分たちが携わっている働きの気高さと責任を互いに認識すべきである」(『手紙』66、1901 年)。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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