安息日と礼拝【礼拝の主】#52

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創造主をどんな時でも礼拝することは私たちの特権です。神を礼拝し、賛美するとき、私たちは絶えず神を礼拝する天使と神の御座の前で一つになるのです。私たちは感謝と賛美の黙祷を通して、いつでも、どこでも、神を礼拝することができます(I テサ5:17 参照)。いろいろな意味で、私たちの個人的・私的な献身と礼拝は共同体の一員として行うことよりも重要です。

しかしながら、礼拝のための特別な時間があります。それは日常の決まりきった業において行うこととは区別されるものです。昔のヘブライ人の祭りは、原則において、さまざまな礼拝と感謝のために聖別された特別な時でした(レビ23:4 ~ 44 参照)。

第7 日安息日はユダヤ人の祭りよりも普遍的なものです。それは、ユダヤ人であれ異邦人であれ、神の民のための時として創造主によって聖別されたものです。

創世記2:1 ~ 4 を読んでください。そこには、第7 日の普遍性、つまり第7 日が特定の民でなくすべての人間のために聖別されたことに関して、何と教えられていますか。

黙示録14:6、7 を読み、次の質問に答えてください。

・この「永遠の福音」はだれに伝えられますか。その答えは先に読んだ創世記2:1 ~ 4 の内容とどのように合致しますか。

・私たちはだれを礼拝するように教えられていますか。

・上の二つの問いに対する答えは黙示録14 章の第一天使のメッセージにある安息日の役割を理解する上でどんな助けになりますか。

◆ 安息日の戒め(出20:8 ~ 11)は、ほかのいかなる時にも得ることのできないどんな特別な礼拝の機会を与えてくれますか。この機会を活用し、安息日の与える祝福を最大限に受けるために、改めるべき点はありませんか。

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*本記事は、聖書研究ガイド2005年第3期『主イエスを体験する』からの抜粋です。

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