非暴力主義とは何か|キング牧師・アーミッシュ・良心的兵役拒否から読み解く

非暴力主義とは、単に暴力を使わないことではありません。

暴力を使わずに不正へ抵抗する立場もあれば、暴力による抵抗そのものを拒む立場もあります。

ガンジーやキング牧師が行ったのは、デモやボイコットなどを通して社会を変えようとする「非暴力抵抗」でした。

一方、宗教改革期の再洗礼派が重視したのは、「ノンレジスタンス」と呼ばれる立場です。

彼らにとって非暴力は、社会を変えるための戦術ではありませんでした。

それは、イエスの次の戒めに従うための、信仰上の実践だったのです。

悪人に手向かってはならない。

マタイによる福音書5章39節

再洗礼派は、この言葉を徹底して受け止めました。

敵を傷つけず、迫害に耐え、敵を愛し、迫害する者のために祈る。

彼らの非暴力主義は、十字架に向かわれたイエスの生き方を実践しようとするものでした。

この記事はこんな人におすすめ!
・非暴力主義と無抵抗主義の違いを、わかりやすく知りたい!
・キリスト教は戦争や暴力をどのように考えてきたのか理解したい
・良心的兵役拒否の歴史に関心がある人

この記事は約6分で読むことができます。

この記事のポイント

    1. 非暴力主義には、暴力を使わずに不正へ抵抗する「非暴力抵抗」と、暴力による抵抗そのものを拒む「ノンレジスタンス」があります。
    2. 再洗礼派やアーミッシュは、敵を愛し、報復しないというイエスの教えを、信仰の実践として受け継いできました。
    3. 非暴力主義は、ただ争いを避ける考え方ではありません。国家や社会の不正と向き合いながら、どこまで行動するのかを問い続ける立場です。
非暴力主義とは、何もしないことですか?

いいえ。キング牧師のように、デモやボイコットを通して、暴力を使わずに不正へ抵抗する立場もあります。

良心的兵役拒否とは何ですか?

宗教的信仰や道徳的信念に基づき、武器を取ることや兵役を拒むことです。武器を持たず、衛生兵として働く人や社会奉仕活動を行う人もいます。

キリスト教は、すべての戦争に反対しているのですか?

いいえ。キリスト教には、一定の条件を満たす戦争を認める「正戦論」と、あらゆる戦争を拒む「絶対的平和主義」があります。

目次

「無抵抗」と「非暴力」の違い

非暴力主義とノンレジスタンスについての図解

「非暴力」と「無抵抗」は、同じ意味ではありません。

非暴力抵抗は、暴力を使わずに不正へ抵抗します。

デモやストライキ、市民的不服従などを通して、相手や社会に働きかけます。

これに対して、再洗礼派のノンレジスタンスは、暴力によって相手を押さえつけたり、報復したりすること自体を拒みます。

踊共二は、「無抵抗」よりも「無防備」という言葉の方が、その立場を強く表している可能性を指摘しています。

「無防備」には、相手を攻撃しないだけでなく、自分を守るためにも相手を傷つけないという意味があるからです。

ただし、これは危険から逃げたり、助けを求めたりすることまで否定するものではありません。

再洗礼派の非暴力主義は、いわゆる平和主義や反戦思想ではない。何かの政治的・社会的目的をもった非暴力的抵抗でもない。それはいっさい抵抗せず、だれをも傷つけず、傷つけられることに耐え、敵を愛し、迫害する者のために祈る受難のノンレジスタンスであり、宗教的実践の一環なのである。

踊 共二『非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革』岩波新書,p.64( Kindle Edition)

キリスト教における非暴力思想と絶対的平和主義

再洗礼派とは

1517年、マルティン・ルターが「95箇条の提題」を公表したことをきっかけに、ドイツを中心とするヨーロッパ各地で宗教改革が広がっていきました。

それから10年もたたない1525年、再洗礼派が誕生します。

彼らもまた、ルターとは異なる方法で、教会を聖書の教えに立ち返らせようとした人々でした。

「再洗礼派」(アナバプテスト)とは、幼児洗礼を認めず、本人が自らの意志で信仰を告白して受ける洗礼だけを認めた人々に付けられた呼び名です。

アーミッシュに受け継がれた平和主義――ニッケル・マインズ事件

アーミッシュは、宗教改革期に生まれた再洗礼派の流れをくむキリスト教徒です。

その歴史の中で、アーミッシュは、暴力に暴力で抵抗しない「無抵抗主義」を受け継いできました。

その信仰が世界から注目されたのが、2006年10月2日に起きたニッケル・マインズ事件です。

犯人のチャールズ・ロバーツは、アーミッシュの学校を襲撃し、中にいた少女たちを人質に取りました。

当時、13歳のマリアンはロバーツが全員を殺そうとしていることを悟ります。

そして、「私を最初に撃って」と申し出ました。

その結果、5人の少女が死亡し、5人が重傷を負う惨事となりました。

この事件は、世界に大きな衝撃を与えます。

しかし、それと同じほど人々を驚かせたのが、事件直後のアーミッシュの行動でした。

彼らは、少女たちを殺したロバーツを赦し、その家族にも思いやりをもって接したのです。

事件からわずか数時間後には、ロバーツの家族を訪ね、慰めの言葉をかけた人もいました。

CBSの番組に出演したアーミッシュの女性は、次のように話しています。

赦さなければなりません。
神に赦していただくには、彼を赦さなければいけないんです。

ほかのアーミッシュも、インタビューの中で次のように答えています。

私たちは無抵抗主義者ですから、自発的に、自然に赦します。昔からずっとそうなのです。

また、ある人はこう語りました。

私たちが与えた赦しに戸惑った方もおられたようです。

しかし、私たちが赦さないのであれば、私たち自身も赦しを期待できません。

赦さないことは、悪事を働いた者以上に、私たち自身を傷つけることになります。

アーミッシュにとって、赦しは単なる美徳ではありません。

赦されるためには、自分も赦さなければならない。それは、彼らの信仰と救いの理解に深く関わるものでした。

参考文献
ドナルド・B・クレイビル,スティーブン・M・ノルト,デヴィッド・L・ウィーバー-ザーカー(青木玲=訳)『アーミッシュの赦し』

キング牧師の働きとアメリカ公民権運動

キング牧師の写真

アメリカの公民権運動を指導したマーティン・ルーサー・キング牧師は、「非暴力」を運動の中心に置きました。

しかし、ここでいう非暴力とは、単に暴力を使わないことではありません。

不正に対して積極的に抵抗しながらも、相手を倒すのではなく、社会そのものを変えていこうとする方法です。

キング牧師が戦おうとしたのは、人ではなく、人種差別という制度でした。

正しい目的を実現するためには、その手段も正しくなければならない。

そのため、暴力や報復ではなく、愛と理解によって社会を変えるべきだと訴えたのです。

また、攻撃されても暴力を返さず、その苦しみを引き受ける姿は、社会に存在する不正を明らかにする力を持つと考えました。

キング牧師の写真

この考え方には、ガンディーの非暴力運動などが影響しています。

キング牧師は、それらの思想をキリスト教の愛と結びつけ、具体的な運動へと発展させていきました。

モントゴメリーのバス・ボイコット、バーミングハムでの抗議運動、セルマからモンゴメリーへの行進などでは、行進や座り込み、ボイコットが行われました。

こうした運動は、1964年の公民権法や、1965年の投票権法の成立へとつながっていったのです。

非暴力主義の可能性と限界

非暴力は安全を保証するものではなく、弾圧や暴力を受ける危険もあります。

それでも、研究では非暴力による市民抵抗は成功しやすく、社会の安定にもつながりやすいと指摘されています。

キング牧師は、最終的に人々が互いに尊重し合う社会を目指し、非暴力をその実現の方法と考えました。

戦争と非暴力主義

キリスト教会における戦争の立場

戦争に対するキリスト教会の態度として、2つの流れがあります。

  1. 義戦・正戦

    正義の戦争もありうることを認める立場で、ルターやカルヴァンもこの立場を取りました。
  2. 絶対的平和主義

    戦争はいかなる理由があっても殺人であり、罪であるという立場です。この立場には、アナ・バプテスト(再洗礼派)、クェーカー派、メノナイト派などがこれに当たります。

 カール・バルトの生き方

神学者カール・バルトは、戦争そのものが罪であることを強調する点で、絶対的平和主義は正しいと考えていました

しかし同時に、平和を守るためには、具体的に行動しなければならないとも考えます。

そして、その努力には「限界状況」があり得るとしました。それは、きわめて例外的な状況です。

そのような場合には、絶対的平和主義にとどまることはできないと考えたのです。

そのため、バルトは1931年に社会民主党へ入党し、ナチスの勢力拡大を阻止しようとしました。

また、第二次世界大戦が始まると、54歳でスイス軍に入隊します。

カール・バルトとボンヘッファーのイメージ画像
AIによって生成されたイメージ画像です

 ディートリヒ・ボンヘッファーの生き方

同じ時代を生きたディートリヒ・ボンヘッファーも、国家の暴力と向き合いました。

国家が本来の役割から逸脱し、人々の権利を奪い、暴虐を働くようになったとき、教会は何をすべきなのか。

ボンヘッファーは、その働きを次のように表現しています。

車にひかれた犠牲者に包帯をしてやるだけでなく、車そのものを停める。

『選集』Ⅵ、p.66

苦しんでいる人を助けるだけではなく、その苦しみを生み出している原因そのものを止めなければならない――そのように、考えたのです。

もともとボンヘッファーは、ガンディーの非暴力思想に感銘を受け、絶対的平和主義の立場を取っていました

しかし、その後、ナチス体制の中枢に近い国防軍情報部に入り、二重スパイとして活動します。そして、ヒトラー暗殺計画にも関わっていきました。

ただし、これは、彼が絶対的平和主義から義戦へと転換したということではありません。

むしろ、自分の行為を正義として正当化するのではなく、罪を引き受けてでも行動するという、「手を汚す」決断だったと考えることができます。

つまりボンヘッファーは、愛するがゆえに、罪を犯すことさえ引き受けようとしたのです。

良心的兵役拒否

良心的兵役拒否とは、宗教的信仰や道徳的信念に基づき、武器を取ることや兵役を拒むことです。

すべての軍務を拒む人もいれば、看護兵など、武器を持たない任務を受け入れる人もいます。

これは、国家の命令と個人の良心が衝突したとき、どちらに従うのかを問う問題です。

この問題をめぐって様々な議論と迫害が起こってきました。

 再洗礼派への迫害

1550年頃、再洗礼派は、東はドイツ・バイエルン、ニュルンベルクから西はスイス・チューリヒに多く分布していました。

その頃、オスマン帝国はハンガリーを1526年に支配下に入れ、ウィーンに迫ろうとしており、西側諸国であるオーストリアやドイツに住む人々に恐怖を与えていました。

その帝国との決戦の場となりうる地域に分布していたのが、再洗礼派――非暴力主義を掲げる人々だったのです。

それゆえに、領土防衛を掲げる為政者たちによって、武器を取ることを拒否する再洗礼派は、迫害を受けることとなったのでした。

これも迫害者の側の誇張ないし言いがかりかもしれないが、ノンレジスタンスの思想がオスマン帝国の脅威ないし侵略への不安をいっそう大きくする作用を及ぼしたことは明白であろう。……領土の防衛と秩序維持に悪影響が出ることはだれの目にも明らかであった。

踊 共二『非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革』岩波新書,p,57(Kindle Edition)
イメージしやすいように名称等を簡略させ、AI生成した図です。

 第二次世界大戦下の良心的兵役拒否

第二次世界大戦時には、第一次世界大戦下での混乱を踏まえて、代替役務が導入されます。

アメリカでは、市民的公共奉仕(CPS)と呼ばれるものです。

CPSの任務の中には、医学実験施設で新薬のための人体実験の被験者となることなども含まれ、死亡した者もいました。

そのため、これらの任務に従事する者たちは命を失うことも覚悟していたのです。

 日本最初の良心的兵役拒否

日本で最初の兵役拒否者は、セブンスデー・アドベンチストの信仰を持っていた矢部喜好やべきよしです。

日露戦争時、彼は銃殺されても兵士にはならないと拒否し、禁錮二ヶ月の刑を言い渡されます。

釈放後、彼は悩んだ末に看護兵として兵役に就き、後に牧師となりました。

 デズモンド・ドスの例

同じくセブンスデー・アドベンチストのデズモンド・ドスは、武器を持つことを拒んだため、軍隊では激しい嫌がらせを受けます。それでも信念を曲げず、衛生兵として訓練を続けました。

1945年5月、沖縄戦のハクソー・リッジで撤退命令が出される中、ドスは一人で戦場に残ります。

そして、「あともう一人だけ、救わせてください」と祈りながら、負傷した兵士たちを次々と崖下へ降ろしました。

救出した人数は、75人とされ、1945年、トルーマン大統領から名誉勲章を授与されました。

彼の生涯は、映画『ハクソー・リッジ』に描かれています。

「非暴力主義」から現代の私たちが学べること

人ではなく、問題に向き合う

非暴力は、何も言わずに我慢することではありません。

大切なのは、相手を敵と決めつけるのではなく、何が問題なのかを見極めることです。

職場で意見が対立すると、「誰が間違っているのか」という話になりがちです。

しかし、相手を言い負かしても、問題が解決するとは限りません。

むしろ、感情的なしこりが残り、必要な話し合いができなくなることもあります。

キング牧師が戦ったのも、特定の人ではなく、人種差別という制度でした。

同じように、職場でも、人を責める前に、仕組みや判断のどこに問題があるのかを考える必要があります。

職場では、正しさだけでなく、その後も共に働いていくことを考えなければなりません。

だからこそ、問題を指摘するときにも、相手の尊厳を守る必要があります。

対立を避けるのでも、力で押し切るのでもない。

関係を壊さずに、必要な変化を求めていく。

非暴力主義は、現代の職場においても役立つ、現実的な対話の姿勢を教えてくれるのです。

問題解決のインフォグラム

著者|高橋 徹
1996年、横浜生まれ。三育学院カレッジ神学科卒業後、セブンスデー・アドベンチスト教団メディアセンターに勤務、現在はセブンスデー・アドベンチスト教団牧師。

  • セブンスデー・アドベンチスト教団牧師
  • 光風台三育小学校チャプレン・聖書科講師、三育学院中等教育学校聖書科講師
  • 著書『天界のリベリオン』

いつでも どこでも だれでも気軽に学べるオンライン講座

VOPオンラインには豊富なコンテンツがありますが、
さらに学びを深めたい方は
無料の”聖書講座がおすすめです!

\ 詳細はこちらから /

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会の『聖書協会共同訳』を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『聖書協会共同訳』©︎日本聖書協会
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

当サイトの活動はすべて無料で行われており、皆様の寄付金によって支えられております。今後とも、皆様からの温かいご支援をよろしくお願いいたします。
ご協力いただける方は、ゆうちょ銀行の下記口座へご送金いただければ幸いです。 

口座番号 00220ー1ー73287
加入者名 アドベンチスト・メディアセンター

よかったらシェアしてね!
目次