得るために【マルコによる福音書10章28節—31節】

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マルコによる福音書10章28節―31節(口語訳)

10:28ペテロがイエスに言い出した、「ごらんなさい、わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従って参りました」。 10:29イエスは言われた、「よく聞いておくがよい。だれでもわたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、もしくは畑を捨てた者は、 10:30必ずその百倍を受ける。すなわち、今この時代では家、兄弟、姉妹、母、子および畑を迫害と共に受け、また、きたるべき世では永遠の生命を受ける。 10:31しかし、多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう」。

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キリストの衝撃的な発言の裏に

しかし、多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう。マルコ10:31(口語訳)

キリストの衝撃的なこの発言は、金持ちの青年の話の続きで出たものでした。

10:17イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄り、みまえにひざまずいて尋ねた、「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」。マルコ10:17(口語訳)

「何をしたら、永遠の命が与えられるのか」、これこそが金持ちの青年の問題でした。

そして、似たような問題を弟子たちも抱えていたのです。

ペテロがイエスに言い出した、「ごらんなさい、わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従って参りました」。 マルコ10:28(口語訳)

マタイによる福音書では「何が報酬としてもらえるのか」と聞いたと記録されています。

弟子たちは働きに相当した報いや報酬をもらえるという考えのもとに働いていました。金持ちの青年も弟子たちも、律法の本当の原則を見失っていたのです。

律法の本当の原則

もしあなたがたがわたしを愛するならば、わたしのいましめを守るべきである。ヨハネ14:15(口語訳)

そうです。永遠の命をもらうために、律法を実行するのではなく、永遠の命をもらうために律法を守るのではなく、愛しているがゆえに守るのです!

言い換えれば、救われるために良いライフスタイルをおくるのでも、天国に行くために伝道をするのでも、永遠の命をもらうためにディボ—ションをするのでもありません。

その動機はまず、神への愛ゆえなのです。

わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、
あなたの罪を霧のように消した。
わたしに立ち返れ、
わたしはあなたをあがなったから。イザヤ44:22(口語訳)

悔い改めでさえも、同じです。ここでは「あがなったから」悔い改めるように、と言われている。神から働きかけてくださり、その愛に応えて、わたしたちの行動が生まれます。

救いの働きはわたしたちの力ではなく、神から与えられるものなのです。

わたしたちが悔い改めるなら、キリストは十字架にかかられることを決断されるわけではないのです。もうすでにキリストは十字架にかかられているのです。

わたしたちが悔い改めるはるか前から、キリストは十字架にかかられることを決断されました。わたしたちがキリストを受け入れるはるか前から、キリストはわたしたちを受け入れておられるのです。

6:6「わたしは何をもって主のみ前に行き、高き神を拝すべきか。燔祭および当歳の子牛をもってそのみ前に行くべきか。6:7主は数千の雄羊、万流の油を喜ばれるだろうか。わがとがのためにわが長子をささぐべきか。わが魂の罪のためにわが身の子をささぐべきか」。6:8人よ、彼はさきによい事のなんであるかをあなたに告げられた。主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。ミカ6:6—8(口語訳)

何をあげたら神との関係を回復できるか、礼拝できるかというわたしたちの疑問に、神は「共に歩む」ことであると答えられました。

報酬のための行いに神への愛はありません。わたしたちに先に愛を与えてくださった神は、わたしたちからの愛を待っておられるのです。

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