【詩篇解説】失望から栄光へ#10 〜神のみことば〜

目次

多様な繰り返し

詩篇119篇は最も長い詩篇であり、聖書の中で最も長い章です。それは22の部分に分かれており、それぞれの部分は8節からなっています。それぞれの節は一般的に言って、互いに並行した二行連句になっています。この詩篇はまた、いわゆる沓冠(くつかむり)体になっています。〔各行の初めの文字を順につなぐと一定の語句になる〕。ヘブル語アルファベットは22の子音しかありません。この詩篇はそれぞれ8節からなる22の部分からなっており、各部分の最初の節はヘブル語アルファベットの同じ文字で始まっています。

詩篇119篇には、ひんぱんに出てくる言葉がいくつかあります。それは、おきて、さばき、さとし、定め、戒めなどの言葉であって、それぞれ神のみことばの一面を表しています。この詩篇全体はきよい生活への道案内と言えるものです。

詩篇作者は神の律法に従う力を神に求めています。彼は自分自身の努力によって義とされることはありません。彼の律法による喜びは神との関係から来ています。この詩篇の中心的メッセージはパウロのローマ人への手紙のメッセージと似ています(ロマ3:31参照)。

神のみことば(詩119篇25節)

神のみことばという言葉は詩篇119篇に42回使われています。それは最もひんぱんに出てくる七つの言葉の中の一つです。

質問1  神のみことばは罪のうちに死んでいる者に対してどんな影響を及ぼしますか。詩 119:25、50、107、154(エペ2:5比較)

生かすとは、生き返らせる、新しいいのちを与えるということです。これは新生の経験による変化をよく描写しています。主は新生の経験によって私たちを救われます。神の生けるみことばは苦しみの中にある者に神の律法に従う力を与えてくれます。1節に示されている標準は主の知恵と力に信頼する者たちによってのみ到達されるものです。「全き」者たちは、主の力に信頼して「主のおきてに歩む者」たちです(詩119:1)。

「すべての世界を出現させた創造のエネルギーは、神のみ言葉のうちにある。神のみ言葉は能力を与え、生命を生ぜしめる。……それは人の性質を一変させ、魂を神のみかたちに再創造する」(『教育』135、136ページ)。

質問2 神のみことばによってどんな徳が与えられますか。詩119:42、49、74、81、114、116、147(ロマ8:24、25、テト2:13、Ⅰペテ3:15比較)

神との契約関係にある者たちはたえず神に信頼し、現在の罪からの救いとイエスの再臨における最終的な救いを待ち望みます。

再臨運動の先駆者であるジョセフ・ベイツは、自らの手紙に「祝福に満ちた望みをもって、J・ベイツ」と署名していました。キリストの内住によって律法に従った生活をしている人たちは、再臨において彼らの望みが成就するのを見ることでしょう(ロマ8:1〜4参照)。

みことばの力

私たちの主は聖書によってサタンに答えられたとき、勝利の生活がどのようなものであるかをはっきりと示されました。人間の霊的生活は神のみことばによって支えられます。

「試みに攻撃された時には、周囲を見たり、自己の弱さを見たりしないで、みことばの力を見なさい。その力はすべてあなたのものである」(『各時代の希望』上巻135、136ページ)。

おきてと戒め(詩119篇77節)

この詩篇の中で、おきてという言葉が25回用いられています。それは教えを意味するもので、おきての働きは教えることにあります。「おきて」は神のみことばのあらゆる教えを含みます。

質問3 神の教えはわずらわしいものですか。私たちはそれをどのようにみなすべきですか。詩119:70、77、92、113(詩19:9、10、Ⅰヨハ5:3比較)

ダビデがこの詩篇の作者でした(『各時代の希望』中巻155ページ参照)。彼は神のみことばだけが人間の未来とそれに対処する方法を教えることを知っていました。

「もし私たちが興味をもって神のみことばを学び、それを理解するように祈るならば、各行に新たな美しさを発見するであろう。神は尊い真理をはっきりと示してくださるので、慰めに満ちた雄大な真理が開かれるにつれて、心に真の楽しみと絶えざる喜びが与えられるであろう」(『教会へのあかし』第2巻338ページ)。

質問4 私たちは何によって神の律法を守ることができますか。神の律法はどんな実際的な違いを私たちの生活にもたらしますか。詩119:34、43、44、51、55、61、109、153

神は熱心に求める者たちに律法に従う力と知恵を与えてくださいます。聖霊は神のみこころに調和した生き方をする力を与えてくださいます(ロマ8:5〜11参照)。

律法に対する従順は人を高める

「神の律法に従順であることは、世界の諸国の前で彼ら〔イスラエル〕に驚嘆すべき繁栄を得させるものであった。すべての巧みなわざをなす知恵と技量を与えることのできる神は、いつまでも彼らの教師となり、神の律法に対する従順を通して彼らを高められるのであった」(『キリストの実物教訓』266ページ)。

戒めという言葉はこの詩篇で22回用いられています。詩篇作者は神のすべての戒めを尊びました(詩119:6)。「キリストは、聴衆に、神の律法は、あるものは非常に重要であるが、あるものはそれほど重要ではないから無視してもさしつかえないといったような、多くの別々な戒めではないということをお教えになった。主ははじめの四つとあとの六つの戒めを聖なる全体として示し、神への愛は神のすべての戒めに従うことによって示されることをお教えになっている」(『各時代の希望』下巻57ページ)。

さばき(詩篇119篇39節)

詩篇119篇において、さばきという言葉は複数形で22回、単数形で5回出てきます。それは本質的には判決をさすものですが、必ずしも有罪判決とは限りません。

質問5 ダビデは神のさばきをどのように評価していますか。詩119:39、62、75、137、160、164(黙示16:7、19:2比較)

詩篇作者は日中に7回、また夜中にも神の判決の正しさをたたえています。

この評価は、再臨前審判の終了時における天の神殿からの声によって確証されています(黙示19:1、2)。(大淫婦)バビロンを非難する過程において、主はキリストの義の賜物を受けた忠実な民を擁護しておられます(7、8節)。

質問6 さばきにはどんな二つの側面がありますか。(1)詩119:75、84、120、(2)詩119:43、52、149(イザ26:9比較)

罪の結果としての永遠の死は神の正しいさばきの一つです(黙示20:11〜15参照)。罪人を永遠に滅ぼすという神の目的を理解する聖徒たちは、人間をその誤った道から戻そうとする神の愛に満ちた意図をその中に認めます。しかし、そうでない人々は、自分たちの不従順に対する神の怒りの必然性を思って震えるだけです。

「地震、大竜巻、火事、洪水による破壊、人命財産の大損害などを、なんと度々耳にすることであろう。一見、こうした災害は、人間の力を超えた自然の猛威が突発的に起こしたものと思われるであろう。しかし、その中にあって、神のみこころを悟ることができるのである。神は、こうした方法によって、人々に、彼らの危険を自覚させようとしておられるのである」(『国と指導者』上巻244ページ)。

神のさばきはその誠実さと愛から出たものであって、人々に希望、慰め、日常生活の助け、義を望む思いを与えようとするためのものです。ダニエルやヨセフのような忠実な人々のための神のさばきは、敵の攻撃からの守りを含んでいました。この意味において、神のさばきは苦しんでいるご自分の民を支え、守るためのあわれみ深い決定なのです。

あかし(詩119篇2節)

あかしと訳されているヘブル語は「反復する」を意味する言葉から来ています。詩篇119篇には、この語が22回、用いられており、88節を除くと、すべて複数形です。この言葉は民数記17:7でも「あかし」の幕屋をさすのに用いられています。この幕屋には、主のあかしの入っている箱が納められていました(出エ25:16)。あかしとは石の板に書かれた律法のことでした(申命10:5)。

神は十戒を通してご自分の品性をあかしされます。御子イエス・キリストの生涯と働きは、よりはっきりと神の品性をあかししていました(ヨハ5:36)。

質問7 詩篇作者は神のあかしに対してどんな態度をとりましたか(詩119:2、22、31、36、46)。神のあかしを守ることはどんな結果をもたらしますか(詩119:14、24、111、119)。

「内部のとばりの奥は至聖所であったが、これが贖罪と仲保との象徴的奉仕の中心であり、また、天と地をむすぶ輪であった。この部屋には……箱があって、……それは、神ご自身がしるされた十誡の石の板を収めるために作られたものであった。十誡は神とイスラエルの間に立てられた契約の基盤であったことから、これは神の契約の箱と呼ばれた」(『人類のあけぼの』上巻410ページ)。

質問8 あかし(証拠)という言葉が用いられている約束または契約に注目してください。創世21:30、31:44、48、ヨシ24:27

人間の約束や契約は外面的なしるしや象徴によって署名されることがあります。神と人間との契約の基礎である律法(出エ24:8)は、神と神の民とのあいだの永遠の契約のあかし・証拠として、石の板に書かれました(出エ25:21)。これと同じあかしが、神との交わりに入った信者の心に書かれています(申命6:4〜6、ヘブ8:10参照)。

定めとさとし(詩篇119篇12節)

定めはこの詩篇に22回出てきます。定めとは、「出エジプト記27:21、29:28に見られるような特定の要求であり、ふつうは神の命令」のことです(『SDA聖書辞典』「定め」の項)。

質問9 定めに関してどんな祈りが繰り返されていますか。詩119:12、26、33、64、80(詩119:5、8、48比較)

イスラエルの王は神の定めを教える者

「イスラエルの王位につく者は……『この律法の写しを一つの書物に書きしるさせ』るようにという指示が与えられた。……

ソロモンはこうした警告を熟知していて、しばらくの間はそれに心を留めていた。彼はシナイ山において与えられた律法に従って生き、治めることを彼の何よりの願いとしていた。彼の王国の国事の扱い方は、彼の時代の諸国、すなわち、神を恐れない国々、またその王たちが神の聖なる律法を足の下にふみにじっていた国々の習慣と著しく異なっていた」(『国と指導者』上巻28ページ)。

質問10 神のさとしは私たちに何を要求しますか(詩119:4、15、69、78)。神のさとしを守るとき、どんな祝福が与えられますか(詩119:27、45、63、93、94、100)。

質問11 次の聖句を読み、さとし(定め、戒め)の広い意味について考えてください。それを与えているのはだれですか。

ネヘ9:14
エレ35:18
ダニ9:5
マル10:5
ヘブ9:19

さとしとは何かを指示し、委ねることであり、そこには教えるという意味があります。神の律法は神のあかし、戒め、定め、さとしです。詩119篇がこれらの言葉を用いているのは、神との交わりに入ることの重要性を強調するためです。真の幸福は主のさとしに従うことによってのみ与えられます。

まとめ

神の律法、戒め、定めは重荷ではありません。大切なことはそれらを心に刻むことです。そうすれば、それらを守ることが喜びとなり、楽しみとなります。

*本記事は、C・レイモンド・ホームズ(英:C. Raymond Holmes)著、安息日学校ガイド1992年2期『詩篇73-150篇 失望から栄光へ』 からの抜粋です。

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