小説『レ・ミゼラブル』のあらすじと時代背景|作品の核心テーマを読み解く

目次

小説『レ・ミゼラブル』のあらすじを短く紹介!

パンを盗んだ罪で投獄されたジャン・バルジャンは、釈放後すぐに司教の銀食器を盗んでしまいます。しかし、司教の赦しを受けたことをきっかけに、善い人生を歩み直そうと決意します。

名前を変えて市長となりますが、警官ジャベールは彼の正体を疑い続け、執念深く追いかけます。ジャベールから逃れた彼は、失意のうちに死んだファンティーヌの娘コゼットを引き取り、養父として守りながら暮らしていきます。

成長したコゼットは、青年マリユスと恋に落ちます。一方で、マリユスを密かに想うエポニーヌは、思いを胸にしまいながら身を挺してマリユスを助けます。

やがてパリで革命の動きが高まり、マリユスは仲間とともにバリケードへ向かいます。戦いのさなか、多くの命が失われていく中で、バルジャンはコゼットの幸せのために命がけでマリユスを守ります。

戦いが終わり、マリユスとコゼットは新しい人生を歩み始めます。役目を終えたバルジャンは静かに身を引き、二人の幸せを見届けながら生涯を閉じていきました。

この記事はこんな人におすすめ!
・レ・ミゼラブルのあらすじや要点を簡潔に知りたい
・時代背景やテーマを知りたい

この記事は約8分で読むことができます。

この記事のポイント

    1. 『レ・ミゼラブル』とは、罪に苦しむ人間が「愛と赦し」によって救われていく物語
    2. ユゴーは、ロマン派作家として社会問題を描き、作品に人間の良心や信仰の価値を表現した
    3. 『レ・ミゼラブル』のテーマは、「愛と正義は両立するのか」と「贖罪」

『レ・ミゼラブル』とは?

『レ・ミゼラブル』とは、19世紀フランスを舞台に、罪に苦しむ人間が「愛と赦し」によって救われていく物語です。

この作品は、著者ユゴーの人道主義思想を代表する作品で、恵まれない人々の幸福を願って社会に変化をもたらしたいという意図から描かれたものです。

『レ・ミゼラブル』は……弱者への愛情と理想的な社会を建設しようという社会的な熱情から制作された作品で……社会の不正に対する抗議の気持ちから書かれた『レ・ミゼラブル』は、このような宗教的要素をも加えて完成された作品と言えよう。

ヴィクトル・ユゴー(辻昶・訳)『ヴィクトル・ユゴー文学館 第四巻 レ・ミゼラブル3』潮出版社、477ー478ページ(訳者注からの引用)

 よくある質問

『レ・ミゼラブル』のタイトルの意味は?

『レ・ミゼラブル』とは、「恵まれない人」や「貧困にあえぐ人々」という意味があります。

『レ・ミゼラブル』の原作小説の著者は?

フランスの詩人で、政治家であったヴィクトール・ユゴーです。

『レ・ミゼラブル』の伝えたかったことは?

恵まれない人々のために社会に変革をもたらす意図で書かれたのが『レ・ミゼラブル』です。

そのテーマは、「愛と正義は両立するのか」と「贖罪」です。

『レ・ミゼラブル』の挿絵

主な登場人物

ジャン・バルジャン

パンを盗んだ罪で投獄されるが、司教の赦しをきっかけに正直な生き方を選び、コゼットを守る養父となる男。

ファンティーヌ

娘を一人で育てようとするが、働き口を失い、追い詰められ、コゼットのために自分を犠牲にして生きる母。

コゼット

幼い頃に虐げられるが、ジャン・バルジャンに救われて愛情の中で成長し、やがてマリユスと恋に落ちる少女。

マリユス・ポンメルシー

革命に情熱を抱きながらも、コゼットへの恋に心を揺らす青年で、仲間とともにバリケードに立つ。

エポニーヌ

貧しい家庭に育ち、マリユスをひそかに想いながら彼を助け続ける少女で、恋を胸に抱いたまま戦いの中に身を置く。

『レ・ミゼラブル』のあらすじ(詳しい内容)

ジャン・バルジャンの回心
ジャン・バルジャンの釈放

舞台は19世紀フランス。

元囚人ジャン・バルジャンは釈放されますが、前科者として社会に受け入れられません。宿を求めてさまよった末、司教ミリエルに迎え入れられます。

司教ミリエルはバルジャンの身の上を聞き出そうとしたり、説教をしようとはせず、温かく彼を迎え入れます。

説教も教訓も暗示も与えないこうしたこまやかな思いやりのなかに、ほんとうの福音書的なものがあるのではないでしょうか。

『レ・ミゼラブル』(第1部第24

銀食器を盗むバルジャン

銀食器を盗んだバルジャンは捕まりますが、司教は彼をかばい、さらに銀燭台までも贈り、「正しい人として生きなさい」と告げます。この出来事をきっかけに、バルジャンの人生は大きく変わりました。

わたしの兄弟のジャン・ヴァルジャンさん……あなたの魂を、わたしはあなたから買いうけます。あなたの魂を暗い考えや、滅亡の心からひきはなして、神にささげます。

『レ・ミゼラブル』(第1部第2編12)

『レ・ミゼラブル』のイメージ画像
AIによって生成されたイメージ画像です
市長(ジャン・バルジャン)の逃亡
新しい名前と新しい人生

バルジャンはマドレーヌと名前を変え、工場主兼町長として働き、貧しい人々を助けながら生きていきます。しかし、警官ジャベールは、町長こそが前科者バルジャンではないかと疑い続けるのです。

ファンティーヌとの出会い

工場で働いていた女性ファンティーヌは、不当な解雇により困窮し、テナルディエ夫妻に預けた娘コゼットの養育費を払うため、売春に追い込まれていきます。

バルジャンは彼女を保護し、ファンティーヌは死の間際「娘を託します」と彼に伝えます。

『レ・ミゼラブル』のイメージ画像
AIによって生成されたイメージ画像です
自分の正体を明かす

バルジャンは、自分と間違われて逮捕され、終身刑を宣告されようとしている人がいることを知ります。

彼は見知らぬ彼を救うべきかどうか、激しく葛藤しますが、ついに裁判所へ向かい、自分が本物のバルジャンであると告白します。

天国にとどまって悪魔になるか! 地獄に戻って天使になるか!

『レ・ミゼラブル』(第1部第6編3)

コゼットとの暮らしと革命
コゼットを迎えに行く

バルジャンは、宿屋のテナルディエ夫妻に虐待されていたコゼットを救い出し、パリへ連れて行きます。二人は身を隠すように修道院で暮らしますが、ジャベールは執拗に追跡します。

人間のけだかいおこないのうちでいちばん尊いものは、他人の罪の償いなのだ

『レ・ミゼラブル』(第2部第8編9)

『レ・ミゼラブル』のイメージ画像
AIによって生成されたイメージ画像です
パリ・下町での暮らし

成長したコゼットは美しい娘となり、革命思想を抱く青年マリユスと出会い、互いに惹かれ合います。

愛がはじめたことを完成できるのは神だけだ。

『レ・ミゼラブル』(第4部第5編4)

六月暴動とエポニーヌの死

パリでは学生たちが暴動を起こし、マリユスは仲間とともにバリケードへ向かいます。バルジャンはコゼットの幸せを願い、彼を助けに行きました。

また、暴動の中で、バルジャンは囚われていたジャベールを密かに逃がします。

一方、マリユスに恋していたエポニーヌは、彼の身を案じて単身バリケードへ向かいます。

暴動の渦中で、敵軍が発砲した弾丸がマリユスに向かって飛んだ瞬間、エポニーヌは身を投げ出してそれを受けました。撃たれた彼女は重傷を負い、マリユスの腕の中で最期を迎えます。

息絶える直前、エポニーヌは「あなたが幸せなら、それでいいです」と告げます。彼女は最後まで、報われない愛を静かに抱えたまま、マリユスの無事だけを願い続けて死ぬのでした。

マリユスは瀕死となりますが、バルジャンが背負い、下水道を通って救い出します。

『レ・ミゼラブル』のイメージ画像
AIによって生成されたイメージ画像です
ジャベールの死

バルジャンに命を救われたことで、法と慈悲の間で揺れ動いたジャベールは、自分の信念が崩れ、耐えきれず命を絶ちます。

バルジャンの死
マリユスとコゼットの結婚

マリユスとコゼットは結婚しますが、バルジャンは自らの過去が二人に悪影響を与えると考え、静かに距離を置きます。

真実と最期

後に、マリユスはバルジャンこそ自分の命を救った恩人であると知ります。マリユスとコゼットは急いでバルジャンのもとへ向かい、感謝を伝えます。

コゼットに寄り添われながら、バルジャンは静かに息を引き取りました。

物事が気にくわないからといって……神に対してまちがったことをしてもいいことにはなりません。

『レ・ミゼラブル』第5部第8編5

『レ・ミゼラブル』のイメージ画像
AIによって生成されたイメージ画像です

時代背景|原作小説の作者ヴィクトル・ユゴーとフランス革命との関わりは?

『レ・ミゼラブル』の作者ヴィクトル・ユゴーとはどんな人? 

ヴィクトル・ユゴーは、19世紀フランスのロマン派を代表する作家のひとりで、『レ・ミゼラブル』や『ノートル=ダム・ド・パリ』を書きました。政治にも深く関わり、時に亡命生活を送りながら、社会の不正や貧しさに目を向けた作品を発表し続けました。

ユゴーは、彼自身の生活や彼の周囲の人々から見聞きしたことを、『レ・ミゼラブル』の中に取り入れています。『レ・ミゼラブル』で描かれる6月暴動の際、ユゴーはパリに在住していました。

また、一説ではマリユスとコゼットは、ユゴーと妻アデールがモデルとなっています。ある時、マリユスは公園でコゼットの服が風に煽られてスカートがめくれたのを見て憤ります。ユゴーも青年時代、アデールに対して同様の経験をしていました。

コゼットの母ファンティーヌが、雪を背中に入れられて怒り、取っ組み合いをする場面なども、1841年に著者が目撃したものと言われています。

古典主義からロマン主義へ

1820年から1850年ごろまで続いた文学運動――ロマン主義。その代表作家がユゴーです。

17世紀にフランス文学は古典主義の絶頂期を迎えました。古典主義は、大げさな感情表現を控えて理性を重んじ、特に悲劇などのジャンルでは俗語的で粗野な日常語を避ける傾向があります。

これに対する反動としてロマン主義が生まれ、理性や厳格な様式から距離を置き、個人の情熱や想像、内面の感情を積極的に表現しようとする傾向が強まりました。形式的な決まりよりも、主観的で自由な表現が重んじられるようになったのです。

フランス革命のイメージ画像

フランス革命とキリスト教

フランス革命時、人々は第1身分(聖職者)、第2身分(貴族)、第3身分(平民)に分かれていました。

少数の第1、第2身分は、特権階級で多くの土地の所有し、国家の重要な官職を独占し、免税の特権などがありました。それに対して、国民の9割を占める第3身分の平民は、税の負担によって苦しい生活が強いられていたのです。

これにより、革命が勃発。その際に、革命の指導者たちは宗教を否定し、理性を重んじていきます。さらに王政が倒れたことによって、王権神授説を意味をなさなくなり、カトリック教会は国教として力を失っていくことになりました。

この革命は啓蒙思想に大きな影響を受けました。人間の理性を重んじた啓蒙思想家たちは、キリスト教を批判し、特にカトリックを攻撃していきます。

さらに、1793年には非キリスト教化運動が展開され、教会が閉鎖され、カトリックの儀式が禁止され始めました。また、一部の人々は理性の宗教を押し付けようとし、理性の女神の祭典を開いたりもしました。

この革命の指導者であるロベスピエール至高存在を提唱し、神と霊魂の不死を含む、理神論の宗教を提唱します。ただ、無神論者も多かった革命指導者たちには、このロベスピエールの立場はあまり支持されませんでした。

注目の思想ー理神論

啓蒙思想とは、「神ではなく、人間をあらゆることの中心におく」という価値観です。

また理神論とは、合理主義の影響を受けた思想で、「神の存在を認めるが、神は世界の支配者ではない」という価値観です。

理神論者は、世界が創造された後はそれ自体の法則によって世界は動いているとし、神の介入や奇跡、預言、啓示などを認めず、キリストは歴史上の教師にすぎないとしました。

時代背景| 『レ・ミゼラブル』年表 × ユゴーの生涯 

年代世界史・キリスト教史『レ・ミゼラブル』ユゴーの動向・活動
1789フランス革命勃発(バスティーユ襲撃)
1796ナポレオンの台頭(イタリア遠征)若きバルジャンがパンを盗み、逮捕
1798ナポレオンがローマ侵攻、ピウス6世を捕縛
1802第二次大覚醒(1800年代初頭)進行中ビクトル・ユゴー誕生
1815ナポレオン失脚・ワーテルローの戦いバルジャン仮釈放。ミリエル司教と出会い、人生が変わる詩への関心を高める(13歳)
1823ブルボン王政下、社会的不平等が広がるファンティーヌが工場を解雇され、転落が始まる
18307月革命(シャルル10世追放、ルイ・フィリップ即位)政治家として社会改革を志す夢を見る
18326月暴動(共和派学生による蜂起)マリウスが戦う当時パリ在住。暴動の現実を作品に反映させた
1844再臨運動
18482月革命(第二共和政樹立)(レ・ミゼラブルの後の時代)国民議会議員として共和主義を推進
1862亡命中、『レ・ミゼラブル』出版

『レ・ミゼラブル』の伝えたいことは?

『レ・ミゼラブル』のテーマ|キリスト教との関係

『レ・ミゼラブル』のテーマは、「愛と正義は両立するのか」と「贖罪です。

また、苦しみの中でキリストを見失っている人々の姿も描かれ、神がいるのになぜ苦しみがあるのかという場面も描かれます。

ジャン・ヴァルジャンはパンを一つ盗み、それによって人生が破壊されていきます。そのために、彼は神をも恨んだのでした。

彼の心情をあらわした場面では次のような呻きが描かれています。「神はどこにいるのだろう?」(第1部第2編8)

ミリエル司教や悔い改めたバルジャンは、恵みと愛によって人は変わるという「信仰の力」を示す存在で、無償の愛を与えます。

これに対して、ジャベールは律法主義的信仰の体現者であり、恵みを否定した結果として破綻します。

  • バルジャンは司祭からの「無償の恵みと赦し」によって救われ、人を赦す者となります。
  • ジャベールは「正義」と「理性」に従おうとし、償いが必要であるとしますが、それに耐えきれず自死します。

理性によって社会を変えようとしたフランス革命後の世界で、信仰への揺り戻しが起こります。その中で、政治家として現実社会の問題と直面していたユゴーは、理性だけでは世界を変革し得ないことを知るのでした。

フランスでは18世紀に、啓蒙思想と呼ばれる合理主義的な哲学が普及していた。啓蒙思想の哲学者たちは必ずしもキリスト教を全面的に否定したわけではなかったが、一般的に宗教を野蛮な迷信だと考える傾向をもっていた。こうしたことから、知識人のあいだではキリスト教は、知的なレベルではもう信仰の対象とはならなくなっていたのである。
ところが、フランス革命がおこり、それに続いてさまざまな血なまぐさい事件を経験すると、人びとは未来に期待できなくなり、言い知れぬ不安感を抱くようになった。そして、そうした人びとの心には、失われた信仰に対する一種特別な懐しさのようなものが芽生えてきた。
そうしたときに、……シャトーブリアン<ロマン主義の先駆者のひとり>は、知性にではなく感情に訴えかけることによって、不安におののく人びとの心をとらえ、19世紀の前半に、一時的にせよ、キリスト教のルネサンスをもたらしたのである。

辻昶、丸岡高弘『人と思想68 ヴィクトル=ユゴー』清水書院、117ページ、山括弧は筆者註

また、『レ・ミゼラブル』は話の筋から脱線した論議がたびたび加わってきます。おそらく、ユゴーはこうした議論から、法律家や宗教家に対して問題提起をしたかったのではないかと考えられています

たとえば、司教と議員Gとの会話が冒頭に登場し、そこではフランス革命を振り返り、フランス革命の問題に触れると同時に、カトリックの罪にも言及しています(第1部第1編10)

『ああ無情』のイメージ画像
AIによって生成されたイメージ画像です

 『レ・ミゼラブル』の名言から見るキリスト教の精神

赦しこそが神の愛

ああ、神よ!「伝道の書」はあなたを全能と名づけ、「マカベオ書」は創造者と名づけ、「エペソ人への手紙」は自由と名づけ、バルクは無限と名づけ、「詩篇」は知恵や真理と名づけ、ヨハネは光と名づけ、「列王紀」は主と名づけ、「出エジプト記」は摂理と呼び、「レビ記」は聖なるものと、「エズラ記」は正義と、万物は神と名づけ、人間は父と名づけている。しかし、ソロモンはあなたを慈悲と名づけている。そして、これこそあなたのあらゆる呼び名のうちで最も美しいものである。

『レ・ミゼラブル』(第1部第1編5)

互いに愛し合うことこそが完全

金を掘りだす仕事をしている人びとがいるが、彼はあわれみを掘りだしていたのだ。世界じゅうのみじめさが彼の鉱山だった。いたるところにある苦しみが、きまっていつも親切にする機会になった。
「たがいに愛し合いなさい」これだけで完全だと彼は言って、それ以上のことをすこしも願わなかったし、これが彼の教えのすべてだった。……
人を惹きつけたり、恐れさせたりする異常な問題や、抽象的な事柄のはかりしれない展望や、形而上学の絶壁や、また、使徒にとっては神に帰し、無神論者にとっては虚無に帰する深淵な問題はすべてほうっておいた

『レ・ミゼラブル』(第1部第114

著者|高橋 徹
1996年、横浜生まれ。三育学院カレッジ神学科卒業後、セブンスデー・アドベンチスト教団メディアセンターに勤務、現在はセブンスデー・アドベンチスト教団牧師。

  • セブンスデー・アドベンチスト教団牧師
  • 光風台三育小学校チャプレン・聖書科講師、三育学院中等教育学校聖書科講師
  • 著書『天界のリベリオン』

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参考文献

ヴィクトル・ユゴー(辻昶・訳)『ヴィクトル・ユゴー文学館 第二巻 レ・ミゼラブル1』潮出版社

ヴィクトル・ユゴー(辻昶・訳)『ヴィクトル・ユゴー文学館 第三巻 レ・ミゼラブル2』潮出版社

ヴィクトル・ユゴー(辻昶・訳)『ヴィクトル・ユゴー文学館 第四巻 レ・ミゼラブル3』潮出版社

辻昶、丸岡高弘『人と思想68 ヴィクトル=ユゴー』清水書院

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