【詩篇解説】失望から栄光へ#6 〜地上の巡礼〜

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救われた者たちの故郷

トマス・ローソン・テイラーは1807年にイギリスのヨークシャーで、牧師の息子として生まれました。彼は学校を卒業してから商店や印刷所で働きました。その後、牧会への召しを受けて、会衆派の牧師となるための教育を受けました。そして、1830年にシェフィールドの教会に赴任しました。しかし、翌年の1月に健康を害して母校にもどり、そこで古典語を教えていましたが、やがてそこでも病を得て、職を退きました。

彼はいくつかの賛美歌を作詩しましたが、その中で最もよく知られている賛美歌は「あめこそわがふるさと」(賛美歌475番)です。それは病気の中で自分自身の死を予期して書かれたものです。彼は1835年に、27歳の若さで亡くなりました。彼は永遠の故郷に入る確かな望みをもってこの世の短い巡礼を終えたのでした。

今回の課の研究は私たちの目を現世から天国の喜びへと向けさせてくれます。

巡礼者ダビデ(詩篇120篇)

質問1 詩篇120篇はどんな状況において書かれましたか。詩120:1、6、7

ダビデはサウルの無節操な態度と誠意のない約束をよく知っていました。ダビデは二度、サウルの投げたやりをかわし(サム上18:11)、またペリシテ人によってダビデを殺そうとするサウルの陰謀をのがれました(17、25節)。ダビデはサウルから憎まれましたが(29節)ヨナタンに対しては信頼を寄せていました(サム上19:1、2)。彼はもういちど狂ったサウルのやりをかわし(10節)、その後もたえず恐怖のうちに生きなければなりませんでした(サム上20:1)。彼は自分の悩みをサムエルに打ち明けました(サム上19:18)。ヨナタンは、自分が父によって殺されそうになったとき、「父がダビデを殺そうと、心に決めているのを知」りました(サム上20:32、33)。

敵に追い回されながら、ダビデは歌った

「サムエルが死んだことは、サウルの行動を抑制するもう一つのきずなが絶たれたことであるから、ダビデは、預言者が生きていたときよりも、いっそう身の危険を痛感した。サウルが、サムエルの死を悲しんでいるのをよい機会に、ダビデは、もっと安全な場所を捜し求めた。こうして、彼は、パランの荒野にのがれた。彼は、ここで詩篇120篇と121篇を作った。その荒涼としたさばくの中で、預言者の死と自分に敵対する王のことを考えて、彼は歌った」(『人類のあけぼの』下巻346ページ)。

質問2 舌はどれほど強力な器官ですか。詩120:2〜5(ヤコ3:1〜14、詩55:21比較)

ダビデは、サウルのように自分の言葉に不真実な者になりませんようにと祈っています。自分と自分の従者をサウルの手に引き渡そうとする敵に囲まれて、ダビデは自分があたかも信用できない異教徒のうちにいるように感じました(サム上23:12、19、20参照)。メセクはヤペテの子孫の一人から出た部族であって(創世10:2)、北方の地に住んでいました。ケダルはハガルとアブラハムの孫から出ており(創世25:13)、ヨルダン川の東に住んでいました。ダビデはこれらの地に行ったことはありませんが、ただ詩的に自分がこれら異教の民のうちにいるようだと言っているのです。

エルサレムヘの巡礼(詩篇122篇)

年ごとの祭リ

イスラエルの健康な男子はみな、年に3回、シロ(のちにエルサレム)にのぼり、聖所にささげものをする習わしでした。彼らは礼拝の場所に近づくと、「壮大なヘブルの詩を歌い、主の栄光と威光とをたたえた。合図のラッパの響きに、シンバルの音も加わって、感謝の合唱が始まると、それに幾百の声が和して、とどろき渡った」(『人類のあけぼの』下巻178ページ)。(このあとに詩122:1〜6、125:1、2、122:7が引用されています)。

質問3 詩篇作者がエルサレムでの礼拝を喜んだのはなぜですか。詩122:1、3、5、7

「つらなった」(3節)という言葉は、「一つになる」「結合される」を意味するヘブル語から来ています。「ある人々によれば、これは神の民が霊的交わりのために集まることを暗示している」(『SDA聖書注解』第3巻909ページ)。エルサレムはまた統治の中心であり(5節)、平和(シャローム)の都でした。国家の霊的、社会的中心としてのエルサレムは、霊的、物的繁栄を保証するものでした。

質問4 巡礼者たちはエルサレムの地理的位置にどんな象徴を認めましたか。詩125:1、2

聖所は、のちにソロモンの神殿が建てられるモリヤ山の頂上にあって、南、東、西の三方を深い谷で囲まれていました。そして、それらの谷の向こうには、オリブ山などのさらに高い山々が連なっていました。これら周囲をとりまく山は巡礼者たちに主の守りを思い起こさせました(出エ34:24)。

質問5 周囲の山々よりもさらに確かな約束は何でしたか。イザ54:10〜13

ハバクク書3:6には、「とこしえの山は散らされ、永遠の丘は沈む」と書かれています。しかし、そのあとに、「彼の道は昔のとおりである」とつけ加えられています。つまり、「すべての山と島とはその場所から移されてしまった」としても、神のあわれみはその民を離れることがありません(黙示6:14)。

苦難に満ちたイスラエルの巡礼(詩篇123篇)

質問6 詩篇123:3、4における忠実な民の祈りは、たとえばどのような状況において出たものだと思いますか。列王下18:17〜26

詩篇123:3、4は新改訳聖書では次のように訳されています。「私たちをあわれんでください。主よ。私たちをあわれんでください。私たちはさげすみで、もういっぱいです。私たちのたましいは、安逸をむさぼる者たちのあざけりと、高ぶる者たちのさげすみとで、もういっぱいです」。

アッシリヤ軍の司令官ラブシャケは、ヒゼキヤが同盟を結ぼうとしていたエジプトを「折れかけている葦」とあなどり、主に信頼することをあざけりました。その祭壇はヒゼキヤによって取り除かれていました。(列王下18:4)。ラブシャケはまた、この主ご自身が自分にエルサレムを滅ぼせと命じられたのだと言っています。彼は軽べつに満ちた悪口をシリヤ語、つまりアラム語で語ることを拒み、一般の人々にも分かるようにヘブル語で語りました。彼は皮肉をこめて、もしユダヤ人に乗り手がいるなら 2000頭の馬を与えようと言いました(列王下18:23参照)。

質問7 苦しみに遭ったとき、私たちはどこに目を向けるべきですか。詩123:1、2(イザ37:1〜8比較)

中傷に満ちた敵のあざけりの言葉を聞いたとき、ヒゼキヤは王衣を脱いで荒布をまとい、預言者イザヤと協議しました(イザ37:1、2比較)。

神の導きと知恵を求める

「どんなにかよわい魂でも、神に助けを求めてすがるならば、神は永遠のみ腕をもって、いだいてくださるのです。金銀は滅びるが、神のために生きる魂は神とともにながらえます。『世と世の欲とは過ぎ去る。しかし、神の御旨を行う者は、氷遠にながらえる』(ヨハネ第 1・2:17)。この地上で損失と苦難に遭いながらも、導きと知恵、慰めと希望を求めて神によりすがることを学んだ者を受け入れようと、神の都の黄金の門は開かれるのです。天使の歌声で迎えられ、いのちの木はその実を実らせます」(『思いわずらってはいけません』130ページ)。(イザ54:10参照)。

イスラエルの救い(詩篇124篇)

詩篇124篇はどのような状況において書かれたのかは明らかではありませんが、勝利すると思われていたアッシリヤ軍が剣や弓を用いることなく滅ぼされたときに、ヒゼキヤが歓喜のうちに歌ったものであることは確かです。この詩篇は先の詩篇における心からの嘆願に対する完全な回答です。

質問8 エルサレムはどのようにして守られましたか。詩124:1、2、8(イザ37:33〜35比較)

アッシリヤ軍の司令官は、主が自分にエルサレムを滅ぼせと命じられたと豪語しました(イザ36:10)。神が彼を用いてユダを罰しようとされたことは事実ですが(イザ10:5)、侵略者たちは神の意図されたこと以上のことをもくろみました。おのは、それを用いて切る人に向かって自分を誇っていたのです(イザ 10:15)。アッシリヤ人は神に挑戦し、その愚行の結果として災いを受けました(イザ10:16、17)。

質問9 主は初代教会の忠実な使徒たちをどのように守られましたか。使徒5:17〜42

使徒パウロの教師であったガマリエルは、使徒たちのうちに聖霊が働いておられるのを認めたとき、同僚のパリサイ人たちに賢明な言葉を語りました。神はいつでもご自分のしもべたちを守られます。

質問10 詩篇124:8に描かれている主は私たちにとってどんなおかたですか。

アッシリヤ軍もバビロン軍と同じくどん欲で(エレ51:34)、その敵を飢えた野獣のように食いつくしました。しかし、復活のときに天使がキリストの墓から重い石を軽々ところがしたように(『各時代の希望』下巻310、312ページ参照)、創造主なる神は容易にわなを断ち切ってくださいます。

使徒パウロは、「もし、神がわたちたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか」(ローマ8:31)という問いかけに対して、自ら強い確信をもって答えていますが(32〜34節)、これも別に驚くべきことではありません。

巡礼者の安息(詩篇132篇)

神の住まい

契約の箱は神の臨在の外面的な象徴でしたので、神はしばしば「ケルビムの上に」座せられるおかたと言われています(詩80:1、99:1)。モーセは次の言葉によって神の臨在についての確証を与えられています。「その所でわたしはあなたに会い、贖罪所の上から、あかしの箱の上にある二つのケルビムの間から、……あなたに語るであろう」(出エ25:22—30:6比較)。ヨシュアの時代からソロモンの時代まで、契約の箱は仮の建物の中におさめられてきました。

質問11 ダビデの願望は何でしたか。それが神によって承認されなかったのはなぜですか。詩132:1〜5(サム下7:5〜7、12、13、歴代上22:7〜10比較)

「ダビデは、かねてからの彼の希望がかなえられなかったけれども、感謝してこの言葉を受け入れた」(『人類のあけぼの』下巻406ページ)。息子のソロモンを用いて神殿を建てられるという主の約束に、ダビデは感謝しました。

質問12 イスラエルの子らの巡礼が終わったことは何によって示されていましたか。詩132:6〜10、13、14(歴代下6:14、42の比較)。

詩篇132:8〜10は歴代志下6:41、42と同じ思想について述べています。後者は神殿の献納におけるソロモンの祈りの結びの言葉です。この神殿は神の永遠の住まいとなるのでした(歴代下6:12、13、7:1参照)。この詩篇はソロモン自身によって作られたと思われます。

質問13 主の約束にはどんな条件がありましたか。詩132:12、13

不幸にも、ダビデの子孫は神の契約に従いませんでした。この約束は、小羊があがなわれた者たちの初穂と共に(黙示14:1、4)シオン、つまり「天にあるエルサレム」(ヘブ12:22)に立つときに成就します。人類の巡礼はこのとき勝利にみちた終局を迎えるのです(詩132:14、黙示21:3、22:4参照)。

まとめ

私たちはみな、どこかの国の国民ですが、真の、永遠の国籍は天にあります。私たちはキリストにあって、「聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族」です(エペ2:19)。地上における私たちの人生は巡礼であり、旅です。それは永遠のいのち、また天国においてキリストに直接お会いするというすばらしい特権をともなった細い道です。

*本記事は、C・レイモンド・ホームズ(英:C. Raymond Holmes)著、安息日学校ガイド1992年2期『詩篇73-150篇 失望から栄光へ』 からの抜粋です。

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