【ヨシュア記】相続地の分配(第2段階)【解説】#11

目次

中心思想

征服の目標は今、達成されました。主はアブラハム、イサク、ヤコブに約束された土地をイスラエル人に与えられました。神の約束はすべて、一つもたがうことなく実現しました。

アウトライン

1. シロにて(ヨシ18: 1~10)

2. 残り7部族の相続地(ヨシ18: 1l~19 : 48)

3.「残った部分」—テムナテ・セラ(ヨシ19:49~51)

4. のがれの町とレビ人の町(ヨシ20,21章)

5. 神の安息に入る—約束の成就(ヨシ21 :43~45)

征服と相続地一対称的な二つの部分

神はここでも征服と土地分配の記録が完全に対応するように記述しておられます。征服の完

了が相続地分配の完了と対応していることに注意してください。

征服(第2段階)相続地分配(第2段階)
1 . シケムー祭壇建築、契約儀式(8:30―35)2.南部の戦い(9,10章)3. 北部の戦い(11:1―15)4. 土地を取る—平安(11:16~23)1. シロ—幕屋建築、くじ引きの儀式(18:1―10)2. 南部の相続地(18:11―19:9)3. 北部の相続地(19―21章)4. 土地を与える—平安(21:43―45)

次の点に注意してください。(1)シケムに祭壇を築いたという記述がヨシュア記の前半の中心に置かれています。(2)シロに幕屋を立てたという記述が後半の中心に置かれています。このように、聖所がヨシュア記の中心的位置を占めています。

シロにて(ヨシ18:1―10)

質問1

永久的な幕屋の所在地としてどこが選ばれましたか。それはどんな理由からでしたか。ヨシ18:1(『人類のあけぼの』下巻143,144ページ、「SDA聖書注解」第2巻998ページ比較)

シロは「安息の地」を意味します。申命記12:10―12には、イスラエル人が約束の地に入ったなら、神は契約の箱を安置する場所を選ばれるであろうと記されています。40年間、荒野をさまよった後で、契約の箱はついに永久に安置されるのでした。

神がこの地を選ばれたのには、いくつか理由があったと思われます。(1)シロは地理的にパレスチナの中心に近く、イスラエルの全部族が集まりやすかった。(契約の箱はなおも「宿営」の中心に置かれることになる)。(2)イスラエル人はこの地域を完全に征服していたので、聖所に来る巡礼者たちは安全であった。(3)カナンの地の中心に置かれることで、聖所は他のカナン人に真の神をあかしするものとなる。(4)音響的にも視覚的にも、シロは大群衆が集まるのに理想的な場所であった。

シロにおける最近の調査により、幕屋のあっただいたいの位置が特定されています。また、ヨシュアと士師の時代にあったと思われる幕屋に隣接する倉庫が発掘されています。

質問2 

シロは後にどうなりますか。エレミヤはシロの滅亡からどのような教訓を引き出していますか。サム上1:3,9,24,3:21,4:3,4,12、列王上2:27、詩78:60、エレ7:12~14,26:6~9

「契約の箱は、シロに300年間とどまっていたが、ついにエリの一家の罪のためにペリシテ人の手に落ち、シロも滅ぼされた。契約の箱はふたたびこの幕屋にもどることなく、聖所の奉仕はついにエルサレムの神殿に移され、シロは忘れ去られた。そこにはかって幕屋があった場所の跡があるだけである。ずっと後に、その運命はエルサレムに対する警告に用いられた〔エレミヤ書7:12~14引用〕」(『人類のあけぼの』下巻144ページ)。

あなたがたはいつまで怠っているのですか(ヨシ18:3)

イスラエルの放浪生活は終わりました。しかし、彼らは互いに離れて、実際に土地を獲得し続けるのは困難と感じたようです。彼らは集団生活に満足し、霊的幻を失ってしまいました。

残り7部族の相続地(ヨシ18:11~19:48)

質問3

神がくじによって相続地を決めるように言われたのはなぜですか(ヨシ18:3~10)。この方法は今日でも最良の方法ですか。

くじという言葉はヨシュア記の後半に22回出てきます。神権政体のイスラエルにあっては、くじ引きにすることは選択を神にゆだねることであり、ごまかし・えこひいきを防ぐ、ことになりました。

しかし、今日の教会は直接的な神権政体を取っていません。神は私たちに聖書の中に意思決定の方法と原則を見いだすように求められます。エレン・ホワイトは次のように述べています。「私はくじ引きを信用しない。私たちは聖書の中にあらゆる教会の義務に関する明白な「主はこう言われる」を持っている。……多くの祈りをもって聖書を読みなさい。他人を卑しめるのでなく、神の前に自らを低くし、互いに優しく振る舞いなさい。教会役員をくじで決めるのは神のみ心ではない」( 「SDA聖書注解』第6巻1054ページ、エレン.G・ホワイト注)。

質問4 

シメオンの相続地がユダ族の相続地から切り取られたのはなぜですか。ヨシ19:1~9

シメオンとレビの憎むべき罪(シケムにおける大量虐殺―創世34:25)のゆえに、ヤコブは12人の息子たちに与えた臨終の言葉の中で、神が「彼ら〔レビ族とシメオン族〕をヤコブのうちに分け、イスラエルのうちに散ら」されると預言しました(創世49:7)。ヨシュア記21章で学ぶように、レビ族はイスラエル中に散らされて、48のレビ人の町に住み、シメオン族は「ヤコブのうちに分け」られました。シメオン族はソロモンの治世後、北のイスラエル王国に加わりましたが、その領地はユダにありました。シメオン族は大部分、ユダ族に吸収されたものと思われます。モーセがイスラエルの諸部族を祝福するに当たってシメオン族に言及していないことは、そのことを暗示しています(申命33章)。

質問5 

神は私たちと教会にどんな相続地を与えておられますか。使徒26:18、エペ1:13,14(コロ1:12、黙示22:14比較)

「いのちの木にあずかる特権を与えられ〔る〕……者たちは、さいわいである」(黙示22 : 14)。新しい地においては、私たちは罪に支配されることがありません。私たちは自由にいのちの木から取って食べ、イエスと顔を合わせて語り、永遠に生きることができます。

「残った部分」―テムナテ・セラ(ヨシ19:49~51)

質問6 

ヨシュアはいつ自分の相続地を受けましたか。その時期と相続地の名前にヨシュアの品性がどのように表されていますか。ヨシ19:49~51

ヨシュアはいちばん最後に自分の相続地を受けたが、「彼は広い領地を求めないで、一つの町だけを要求した。……この町につけられた名は、テムナナ・セラすなわち、『残った部分』という意味の名であった。それは、征服の戦利品をまっさきに自分のものとしないで、民の一番いやしい者にいたるまでの分配がすむまで自分の要求を延ばした征服者のりっぱな品性と無我の精神を永久にあかしするのであった」(『人類のあけぼの』下巻144,145ページ)。

ここにも旧約のヨシュアのもう一つの特性を見ることができます。彼は無我の奉仕の比類なき模範(ロマ15: 3参照)であった新約のヨシュア(イエス)を予表しています。イエスは1日中病人をいやした後で、数千人の人々を養われました(マタ14: 14~20)。彼は卑しめられていた人々と食事をし(ルカ15: 1,2)、社会から見捨てられた人々を親切に扱い(ヨハ4:5~30)、しもべの働きをし(ヨハ13: 1~17)、最後に犯罪人として処刑されました(ルカ23:26~46)。すべて、あなたのためにです!

ヨシュアはイスラエルの最長老、カナン征服の立て役者でしたが、いちばん最後まで分け前にあずかりませんでした。公の立場にある人や教会役員にとって、無我の奉仕の模範となる人物です。

ヨシュアの模範は信徒にとっても教訓となります。この世は富を得ること、第1になることだけを考えています。国家は国境を広げることを、実業家は預金を増やすことを、人々は財産を増やすことを望んでいます。利益をあげるためなら手段を選びません。利己心は残酷で、無節操です。しかし、ヨシュアの精神は平和と友好、無我の愛と思いやりの心を深めてくれます。

のがれの町とレビ人の町(ヨシ20、21章)

質問7

のがれの町はどのような目的のためにありましたか。ヨシ20:1~9(出エ21:13、申命4:41~43比較)

神がこの時、私的報復の慣習を廃止されなかったのはなぜでしょうか。「人間が神の真理を理解する速度に応じて、神は彼らを導かれる。この原則はへブルの法律制定の特徴であって、神からモーセに与えられたものである。これは人間の状態に適応したものであったが、常に人間が初めに到達できなかった完成をめざしていた。このようなわけで、神によって制定・承認されたものではなかったが、奴隷制、一夫多妻、自由な離婚は一時的に黙認され、その行為を規制する法律が制定された」( 『SDA聖書注解」第2巻277ページ)。

過って人を殺した者は大祭司が死ぬまでのがれの町にとどまりました。なぜなら、人間の生命は聖なるものなので、動物の犠牲によって人のあがないを予表することができなかったからです。大祭司の死は対型の大祭司であるイエスの死を予表していました。イエスの血は自分の罪を告白して悔い改める者たちのすべての罪をゆるします。

質問8 

のがれの町は救いの計画の中で何を象徴していますか。象徴と実際の共通点について考えてください。『人類のあけぼの」下巻145~148ページ参照

レビ人の町

48の町のほかに、次の事柄がレビ人の嗣業としてあげられています。「イスラエルの神、主の火祭が彼らの嗣業である」(ヨシ13 : 14)。「イスラエルの神、主がその嗣業だからである」(ヨシ13 : 33)。「主の祭司たることが、彼らの嗣業だからである」(ヨシ18: 7)。レビ人の「相続地」は彼らの受けるべき犠牲の一部から(民数18: 8~20)、またイスラエルの民の十分の一から(同18:21~24)与えられました。レビ人は全時間、聖所の務めに献身し、それによって彼らもまた特別な意味で主ご自身の霊的嗣業にあずかりました。

同じように、正規の牧師も十分の一によって支えられ、全精力を宣教の働きにささげるように期待されています。

質問9

新約聖書は私たちののがれの町であるキリストについて何いますか(ヘブ6:18、ピリ3:9)。あなたは霊的なのがれの町であるキリストにのがれていますか。

神の安息に入る—約束の成就(ヨシ21:43―45)

質問10 

カナンの地の相続地に関してアブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、ヨシュアに与えられた約束について復習してください。創世12:7,26:3,28:13、申命7:1,2,17~26、ヨシ1:2~6

質問11 

これらの約束はどの程度、実現しましたか。ヨシ21:43~45

これらの聖句に強調されている二つの約束がヨシュア記のテーマになっています。第1に、神はイスラエルに土地を与えると約束されました(ヨシ1:2,3,6,21 :43)。第2に、主は彼らに安息の場所を与えると約束されました(ヨシAl :13,15、出エ33:14比較)。

地を、ことごとく(ヨシ21:43)

この聖句は矛盾しているように思われるかもしれません。なぜなら、イスラエルが全土を所有したのはダビデとソロモンの時代になってからのことだからです。聖書はただ、「主が……地を、ことごとく与えられた」と述べています。カナン全土を直ちにイスラエルに与えることは神の計画ではありませんでした(出エ23:30)。カナンにはまだそれだけのイスラエル人がいませんでした。イスラエル人が十分に増えるまで、カナン人はある程度、残されるのでした(申命7:22,出エ23:29、『SDA聖書注解』第1巻629ページ参照)。

四方に安息を(ヨシ21:44)

へブル語では「四方からの安息」となっていて、周辺諸国からの安息を意味します。しかし、神は物理的な安息以上のことを考えておられました。「カナンの平定は神がイスラエルを通して達成しようと計画しておられた一大宣教計画の準備であった。このような計画は自分自身の生活の中でそれを実践している者たちによってのみ遂行されるのであった。ヘブル人への手紙の著者は、『もしヨシュアが彼らを休ませていたとすれば、神はあとになって、ほかの日のことについて語られたはずはない」(ヘブ4:8)と言っているが、これは魂におけるこの霊的目的の達成と世界における宣教目的の完成のことを言っているのである。イスラエルが不幸にもその高い目的を達成して、『安息』に入ることに失敗した時、神はキリスト教会に神の目的を達成するように要求された。それゆえに、私たちは『神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意』すべきなのである(ヘブ4 : 1)」(ISDA聖書注解』第2巻284ページ)。

まとめ

イスラエルが神のすべての約束の成就を経験し、カナンの地において神の安息にあずかったように、私たちも霊的嗣業を受けて、私たちの新しいヨシュアであるキリストのうちに安息を得ることができます。

*本記事は、安息日学校ガイド1995年2期『神の安息に入る ヨシュア記』からの抜粋です。

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会口語訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
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『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

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