困難な時代
今週は,ハンナ,エリ,エリの息子たち,そしてサムエルの経験を通して,神の召しに対する人間のさまざまな応答のしかたについて学びます。これらの人たちが下した選択は,すべてのイスラエルの人生に大きな影響を与えました。
モーセとヨシュアはすでにこの世になく,その声は聞かれませんでした。士師によって治められる不穏な時代のイスラエル(ほぼ4 世紀に及ぶ)は,団結が弱い部族の集合体であって,政治的に不安定な世界にあって,たえず外敵の侵入に脅かされていました。概して,この時期は統率力も弱く,指導者の堕落が信心深い人々を失望させ,また宗教に無関心な人々をうんざりさせていました。
それ以上に深刻な問題は,神からの預言的啓示がないということでした。「そのころ,主の言葉はまれで,黙示も常ではなかった」(サム上3:1)。「人々はおのおの自分たちの目に正しいと思うことを行った」(士師17:6)。
どの時代においても,神はご自分の民と交わられる。たとえ不安定で暗い時代であっても,神はご自分のために光を輝かす者たちをお選びになります。このことは,サムエルの時代と同じく,現代においても事実です。私たちは自らの誤った応答によって,神から与えられた有用性を制限してしまうことがあります。
主は身分が低い献身した一人の女性を召し,彼女によって,イスラエルの最大の預言者また改革者の一人を世に出現させ,訓|練させられました。主はまたエリをご自分の民の祭司・牧者としての地位に召されました。しかし,エリの生涯は人間性の弱さを例示し,神によって召された者でさえ神の計画を挫折させることがあるということを教えています。
母親の信仰(サムエル記上1章1節~2章10節)
サムエル記上1:1~18は,次の点についてどんなことを教えていますか。
エルカナとその家族(2~5節)
イスラエルの道徳的状態(13,14節)
イスラエルの霊的生活(3~5節)
「エルカナ」という名前は,「神はあがなわれた」または「神は造られた」という意味です。彼はレビ人で,コラの子孫でした(歴代上6:16,27,33,34参照)。彼はその妻,ハンナおよびペニンナと共にエフライムの山地に住んでいたので,エフライム人と呼ばれていました。レビ人のエルカナは本来ならばシロの聖所で奉仕すべきでしたが,祭司エリの家族の「不品行」のゆえに,そこでの彼の奉仕は必要でなくなっていました(「人類のあけぼの」英文569ページ参照)。エルカナは有力な人物だったようです。なぜなら,裕福な人でなければ,二人の妻を養うことができなかったからです。「家名を永続させたいという願いは,他の多くの者と同じように,第二の結婚契約を結ばせるにいたった。しかし,これは,神に対する信仰の足りなさによるものであったために,幸福をもたらさなかった」
(「人類のあけぼの』下巻220ページ-創世16: 1~3比較)。どんな理由であれ,結婚に対する神の理想を無視することは不幸と不和をもたらすだけです。ハガルと同じように,ペニンナは「高慢で横柄な態度」を取りました。
祈りは強力な武器 ハンナは心から神に祈ることを習慣としていたことでしょう。しかし,この場合の彼女の祈りはとくに急を要する祈りでした。ハンナの嘆願は愛にみちた天の神の耳に届きました。彼女の信仰は失望に打ち勝ったのでした!
「飲み食いして騒ぐことが,イスラエルの民のうちの真の信心にほとんど取って代わっていた。不節制は女性のうちにもよく見られたので,エリはしかるべき叱責を与えようと考えた」( 「S D A 聖書注解』第2 巻1 0 0 8 ページ,エレン.G ・ホワイト注) 。
ハンナが自分の息子につけた名前一「主に求めた」そのものが,彼女の信仰をあらわしています。この名前はいつでもサムエルに,自分が生まれたときから神にささげられたことを思い出させるのでした。「この子を与えてくださいと,わたしは祈りましたが,主はわたしの求めた願いを聞きとどけられました。それゆえ,わたしもこの子を主にささげます。この子は一生のあいだ主にささげたものです」(サム上1:27,28)。
サムエルを主にささげるためにシロに連れてきたときの,母親としてのハンナの胸のうちを想像してみてください。(1)神にこのようなすばらしいささげ物をすることのできる喜び、2)大事な子供と別れなければならない苦しみ,(3)サムエルをエリの悪い息子たちのもとに残していくことの不安。
「女がたいくつな仕事と考える日常のいやしい務めは,偉大で高貴な働きとみなされなければならない。母親には,その感化力によって世界を祝福するという特権がある。そして,そうすれば,彼女自身の心にも喜びがわくのである。彼女は,照っても曇っても輝くみ国へ行く子供たちの足のために,まっすぐな道を備えるのである」(「人類のあけぼの』下巻226ページ)。
◆ 神が私たちの祈りにすぐに答えてくださらないとき,私たちはどうしますか。祈りが自分の求める方法でかなえられなくても,信仰をもって神に頼りますか。祈りがきかれた経験があれば,あかししてください。
父親の失敗(サムエル記上2章12節〜17節、22節〜36節)
祭司はイスラエルの礼拝の手引きであるレビ記の規定に従って,聖所の務めを遂行しました。これは人々に神の聖なる品性を教えるためのものでした。その一つ一つの儀式が,神の大いなるあがないの計画の一面を描写していました。聖なる儀式を汚すことはその意義をそこなわせ,その使命を弱め,聖なるものを侮ることになるのでした。
エリは善良な人でした。しかし,彼が息子たちを抑制しないで,さらに悪いことに,彼らに祭司としての務めを続けたせたことによって,その後,何年にもわたって神のみわざが汚されたのでした。ついには,祭司としての彼の家系は断絶します。しかしながら,父親の失敗は決して息子たちの失敗の言い訳にはなりません。私たちはみな自分の罪に対して個人的な責任を負うのです。
両親と牧師の責任「親として,または牧師としての権威によって,とどめることができた人の悪は,あたかもそれが自分の行為であるかのように責任を問われる。..….よく治められない家庭の感化は遠くまで及び,社会全体を不幸に陥れる。それは,悪の潮流のように高まって,家族,社会,国家に影響を及ぼす」(「人類のあけぼの」下巻234,235ページ)。
「「わたしを尊ぶ者を,わたしは尊び,わたしを卑しめる者は,軽んぜられるであろう』(サム上2:30)とは,決して神の独断的なさばきではなく,人生の一大法則なのである。私たちは自分の播いたものを刈り取る。神の秩序を悔ることは滅びを招くことである。神の家の聖なる権利を軽んじてはならない./それらを尊ばない者たちは罰せられる」(F・B・マイヤー「聖書注解』118ページ)。
霊的指導者の責任は重大 聖なる職務に携わる人たちも私たちと同じ欠点を持つ弱い人間であることには変わりありません。しかし彼らが神によってみわざを遂行するために召されているゆえに大きな特権と高い責任を負っていることもまた事実です。もしキリスト教のメッセージがそれを宣布する人たちの生活において実践されていないなら,世の人々はどうしてその使命が真実であることを信じることができるでしょうか。
「どのような環境のもとにあっても,両親が不忠実であるということは,大きな悪であるが,それが人々の教師として任じられた者の家庭の場合ならば,十倍も大きいのである」(「人類のあけぼの」下巻236ページ)。
この預言に関して,「ある学者たちは,それがザドクをさすものと考え,他の者たちはキリストをさすものと考え,さらに他の者たちはこの預言がサムエルとその働きにおいて成就したと考える。しかし,この聖句の教える重要な教訓は,人間が人の心にご自分のかたちを回復しようとされる神の望みの最終的な達成を阻むことができないという事実のうちにある」( 「SDA聖書注解』第2巻464 ページ)。
◆ 私は家庭において,学校において,また教会において,エリのようになっていないでしょうか。もしそうなら,神に受け入れられる方法で自分の責任を全うするために,どんな点を改めたらよいでしょうか。
サムエルの召し(サムエル記上2章11節,18節~20節,3章1節~21節)
若者が祭司職につくことのできる年齢はふつうの場合,25歳でしたが,サムエルは例外でした。彼は幼いときから,神の奉仕に献身したしるしとして亜麻布のエポデを着けていました。しかし,彼の務めはその年齢と能力にふさわしく,毎朝,聖所の戸を開けたり,祭壇の灰を捨てたり,金の燭台の芯を切ったりする程度のことでした。彼はどんな務めでも忠実に果たしました。その間ずっと,彼はより高い責任を負うための試練を受けていたのです。神の栄光のためになされるのなら,重要でない務めは何ひとつありません。
士師記はイスラエルの歴史における暗く恐ろしい時期について記しています。恥ずべき暴虐,はなはだしい不道徳,偶像礼拝,国家的な背信が,厚い雲のように国中に広がっていました。サムエルはこれらを改革する「明けの明星」となるのでした。
神は悪を容認されない さばきが下されようとしていました。しかし,エリのよこしまな息子たちにさばきを下す前に,神はすでに一人の救出者を用いてご自分の恵みと救いの力をあらわそうとしておられました。
サムエルの召しについて復習してみましょう。
彼の召しはいつ来ましたか(サム上3:2~4)
サムエルはどのように応答しましたか(サム上3:5~8)
だれが神の声をサムエルに伝えましたか(サム上3:9)
七つの金の燭台は絶えずともされ,その芯は朝と夕に切られました。「夜明け前,まだともしびが燃えているうちに」(サム上3:3 現代英語訳),サムエルは自分を呼ぶ声で目をさましました。エリが呼んだのだと思い,彼は急いでエリのところに行きました。こんなことが三回あったのち,エリはそれが神の声であることに気づきます。彼はサムエルに何と答えるべきかを教えます。サムエルはそれまで神と直接,出会ったことがなかったので,それが神の声であることを裏づける老祭司の確認が必要でした。
教会によって確認される神の召し 若いサムエルを預言者の職務に召した声は,のちにダマスコヘの途上でタルソのサウロを召した声と同じ声でした。サウロの召しはアナニヤを通して教会によって確認されました(使徒9:10~15参照)。ダビデは,サムエルによってイスラエルの王として召され,油をそそがれたのち,国民が戴冠式によってその召しを確認するまで,何年ものあいだ待ちました。
サムエルは神の召しに答えましたが,神が自分に預言者としての職務を遂行させてくださるまで待ちました。
「エリは,真の悔い改めの実を示さなかった。彼は,罪を告白したが,その罪を捨てなかった。主は,何年も刑罰をくだすことを延ばされた。その間に,過去の失敗を償う多くのことができたのであったが,年をとった祭司は,主の聖所を汚し,イスラエルの幾千という魂を滅びに陥れていた悪を正すために,効果的な手段を取らなかった」(「人類のあけぼの』下巻241ページ)。
同じ環境のもとにありながら,エリの息子たちはサムエルと反対の道を選びました。サムエルに霊的成長をもたらしたものは何だったのでしょうか。
「サムエルは成長した。主は彼と共におられ,彼の語るすべてのことを成就された。そこで,国中のイスラエルの民は,サムエルがたしかに主の預言者であることを知った。主はさらにシロでもご自身を啓示し,そこでサムエルにあらわれ,彼に語られた。サムエルが語るとき,すべてのイスラエルが聞いた」(サム上3:19~21,現代英語訳)。
まとめ
神はエルサレムを預言者の働きに召されました。同じように神は私たちひとりひとりを神ご自身との交わりに、また神の教会と世界への奉仕に召しておられます。神が私を個人的に召されるとき,私には,「しもべは聞きます。主よ,お話しください」と答える用 意があるでしょうか。
*本記事は、1991年第1期安息日学校教課『危機、変化、挑戦ーサムエル記 上・下』からの抜粋です。