網を捨てて【マルコによる福音書1章16節―20節】

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マルコによる福音書1章16節―20節(口語訳)

1:16さて、イエスはガリラヤの海べを歩いて行かれ、シモンとシモンの兄弟アンデレとが、海で網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。 1:17イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。 1:18すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。 1:19また少し進んで行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネとが、舟の中で網を繕っているのをごらんになった。 1:20そこで、すぐ彼らをお招きになると、父ゼベダイを雇人たちと一緒に舟において、イエスのあとについて行った。

ところが、シモンのしゅうとめが熱病で床についていたので、人々はさっそく、そのことをイエスに知らせた。マルコ1:30(口語訳)

30節ではシモン(ペテロ)のしゅうとめが出てきます。つまり、ペテロは結婚をしていたのです。ペテロだけでなく、弟子たちの大半は10代であると考えられ、当時のユダヤ社会から考えるに弟子の何人かは、すでに家庭を持っていた可能性があります。

1:19また少し進んで行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネとが、舟の中で網を繕っているのをごらんになった。 1:20そこで、すぐ彼らをお招きになると、父ゼベダイを雇人たちと一緒に舟において、イエスのあとについて行った。マルコ1:19,20(口語訳) 

また、ヤコブとヨハネは「雇い人たち」と一緒にいることから、漁師の中でも成功して、大規模な事業を展開していたことがうかがえます。家庭を持ち、しっかりと事業を展開して、手堅い人生を送ろうとしていた青年たちが、その人生を捨てて、キリストの弟子となっていったのです。

彼らはまさに漁に出ているときに、キリストに声をかけられました。目の前には、やらなければならない仕事がありました。手放すことのできないはずの網がありました。それを捨てて、キリストに従ったのです。

わたしたちにも今、目の前にはやらなければならないように見えるものが多くあります。しかし、キリストは言われます。

しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。ルカ10:42(口語訳)

聖書からキリストがどのようなお方であるのかを知ったときに、聖書からキリストの温かな愛を知ったときに、わたしたちの手に握っている手放せない罪という網を捨て置くことができるのです。罪、欠点、罪悪感、自己中心、依存症、自己嫌悪というわたしたちを捕えている網から自由になれるのです。

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会新共同訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

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