教会のアイデンティティ【マルコによる福音書11章15節—18節】

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マルコによる福音書11章15節―18節(口語訳)

11:15それから、彼らはエルサレムにきた。イエスは宮に入り、宮の庭で売り買いしていた人々を追い出しはじめ、両替人の台や、はとを売る者の腰掛をくつがえし、 11:16また器ものを持って宮の庭を通り抜けるのをお許しにならなかった。 11:17そして、彼らに教えて言われた、「『わたしの家は、すべての国民の祈の家ととなえらるべきである』と書いてあるではないか。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしてしまった」。 11:18祭司長、律法学者たちはこれを聞いて、どうかしてイエスを殺そうと計った。彼らは、群衆がみなその教に感動していたので、イエスを恐れていたからである。

目次

教会のアイデンティティ

そして、彼らに教えて言われた、「『わたしの家は、すべての国民の祈の家ととなえらるべきである』と書いてあるではないか。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしてしまった」。マルコ11:17(口語訳)

このキリストの言葉から以下の3つのことがわかります。

1. 宮は神の家

2. 宮は祈りの場

3. 宮はすべての人のため

これこそが教会のアイデンティティなのです。

失われたアイデンティティ

11:15それから、彼らはエルサレムにきた。イエスは宮に入り、宮の庭で売り買いしていた人々を追い出しはじめ、両替人の台や、はとを売る者の腰掛をくつがえし、 11:16また器ものを持って宮の庭を通り抜けるのをお許しにならなかった。マルコ11:15,16(口語訳)

当時、外国のお金をそのまま献金することができなかったため、ユダヤのお金に両替する必要がありました。その両替や犠牲の動物の売買をこの場所で、大祭司アンナスは行っていたのです。

両替の手数料は4—8%と非常に高く、利益を貪っていました。

さらに、本来は貧しい人々でもささげられる、手が届く犠牲として定められていたのが、犠牲の鳩であったにもかかわらず、その値段を10倍に釣り上げていたのです。

この非常にアコギな方法で貧しい人々や外国人からもむさぼりとっていた場所は、「宮の庭」です。

「宮の庭」は異邦人の庭で、異邦人が入れる唯一の場所であり、伝道の場所でもありました。

ところが、そこが腐敗してしまっていたのです。

神の理想

56:6また主に連なり、主に仕え、主の名を愛し、そのしもべとなり、すべて安息日を守って、これを汚さず、わが契約を堅く守る異邦人は―56:7わたしはこれをわが聖なる山にこさせ、わが祈の家のうちで楽しませる、彼らの燔祭と犠牲とは、わが祭壇の上に受けいれられる。わが家はすべての民の祈の家ととなえられるからである。イザヤ56:6,7(口語訳)

ここに神の理想が書かれています。

異邦人も共に礼拝に加わる、つまりイスラエルの神殿が伝道の場所になることが理想だったのです。

わたしたちの教会も同じです。宮は神の家、宮は祈りの場、宮はすべての人のためという原則に立っています。

そして、同じように教会がそのアイデンティティを失ったならば、神は悲しまれます。

また、教会とは建物ではなく、人々の集まりのことを指します。

そのために、わたしたち自身がまず使命を確認し、そのアイデンティティをしっかりと持つ必要があるのです。

わたしたちがわたしたちの役目を忘れていたら、この時のイスラエルと同じように神さまは悲しまれるでしょう。

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会新共同訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

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