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2:12おとめたちはおのおの婦人のための規定にしたがって十二か月を経て後、順番にアハシュエロス王の所へ行くのであった。これは彼らの化粧の期間として、没薬の油を用いること六か月、香料および婦人の化粧に使う品々を用いること六か月が定められていたからである。 2:13こうしておとめは王の所へ行くのであった。そしておとめが婦人の居室を出て王宮へ行く時には、すべてその望む物が与えられた。 2:14そして夕方行って、あくる朝第二の婦人の居室に帰り、そばめたちをつかさどる王の侍従シャシガズの管理に移された。王がその女を喜び、名ざして召すのでなければ、再び王の所へ行くことはなかった。エステル2:12ー14(口語訳)
王のもとへ行く
エステル2:12には王のもとに行く女性たちが出てきますが、原語では性的なニュアンスが含まれています。また、エステル2:17にも次のようにあります。「王はすべての婦人にまさってエステルを愛したので」(エステル2:17)。
この「愛する」という言葉も、性的なニュアンスを含んでいると考えられています。つまり、女性たちは王と一夜を共にして、それによって選ばれたのです。
そのような選定にエステルは選ばれ、ワシテ(ワシュティ)の事件から4年後のテベトの月に王のもとに連れて行かれます(エステル1:3参照)。
おそらくは、抵抗できない状況下に置かれたのでしょう。抵抗できないエステルの様子は、王妃に選ばれる場面の彼女の様子を描いた2章全体を通して見ることができます。
エステルの品性に惹かれて
そのような厳しい現実の中でも、エステルは従順で謙虚な態度を見せていきます。他の人のアドバイスに耳を傾ける彼女の姿勢は、好意を得させ、彼女自身と人々を救う機会を生み出していくのでした。
エステルの美しさは、その品性があらわれたものであり、外見的な美しさはそのあとについてくるものでしかありませんでした。
苦難の中でも
エステルはけっして、清いきれいな世界で信仰を保ったわけではありませんでした。後宮は陰謀がひしめき合うところであり、また異教の王との結婚やそれに伴う性的行為は、彼らにとって許容できるものであったとは考えられません。
わたしたちは信仰生活を白黒はっきりさせたいときがあります。信仰生活における正解を求めるのです。ただ、このエステルの物語を読むときに、正解が何かもわからない中で、どのように信仰を働かせるかが、大切であることがわかります。
これは罪を肯定するわけではありません。自分から罪の中にいることを選んでも、神さまが助けてくださるということを言いたいわけではありません。
ただ、苦難のときにわたしたちは「何が正解か」以上に、「だれに頼るのか」を考えなければいけないということです。