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留学を幸せなものにする秘訣
留学を幸せなものにする秘訣、それはホストファミリーにかかっているのです。現地に行って、自分でアパートを借りないならば、下宿先のホストファミリーが全てを左右すると言っても過言ではないでしょう。
もしかすると、一緒に楽しくゲームをしたり、観光したりするかもしれない。おいしい料理が出るかもしれないし、温かく迎えてくれるかもしれない。でも、もしかすると、ずっと夕飯がケンタッキーかもしれない。いや、健康志向で夕飯がずっと野菜スープかもしれない。いずれにしても、全てを左右するのは間違いない。
聖書の世界に飛び込んでいって、留学をしたら、どんなホストファミリーが迎えてくれるのでしょう。先に留学した人の話を聞いてみましょうか。フィリピの信徒への手紙3章8節を見てみましょう。
わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。
フィリピの信徒への手紙3章8節(新共同訳)
イエスさまの絶大な価値の前には、すべてのものが、かすんで見えてしまった。キャリアや富、名声などなど、イエスさまと一緒にいるためなら、すべていらない。そう思えたのですね。
それほどまでに、イエスさまが魅力的だった。どうやら、いいホストファミリーのようです。
じゃあ、イエスさまは何をしてくれたのでしょうか。意外と手料理が上手いのでしょうか(笑)
イエスさまがしてくれたこと
最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。
コリントの信徒への手紙一 15章3ー4節(新共同訳)
ここを見てみると、最も大切なこととして、「キリストが私たちの罪のために死んだ」とあります。僕たちを受け入れてくれるホストファミリーは僕たちのために、死んだ、のです。イエスさまは鞭で打たれ、皮膚は裂け、いばらの冠を被せられ、頭に鋭く長いトゲが刺さり、手に太い釘を刺され、心臓は破れ、死なれたのです。
イエスさまは裁判官もその無実を認めているのにも関わらず、当時の社会が考えうる最も残虐な処刑方法だった十字架によって死なれました。
わたしはあなたたちの前で取り調べたが、訴えているような犯罪はこの男には何も見つからなかった。……この男は死刑に当たるようなことは何もしていない。
ルカによる福音書23章14ー15節(新共同訳)
イエスさまは無実でした。罪を何一つ犯していませんでした。でも、死なれたのです。私たちの罪のために、私たちの欠点のために、私たちの弱さのために、死なれたのです。
マウンテンデューの衝撃
アメリカのある村に衝撃が走りました。村の売店である飲み物が発売されたのです。
それはマウンテンデュー。なんだこれは、こんなに美味しいものがあるのか。こんなに美味しいものはぜひ、子どもにも飲ませたい。村人たちは、哺乳瓶で赤ちゃんにもあげるくらい、これを気にいりました。
そんな村で育ったラリー。彼は、マウンテンデューが大好きでこれさえあれば、幸せだと考えていました。しかし、20歳になる前に彼にとってショッキングなことが起こります。あまりにもマウンテンデューを飲みすぎて歯が全てダメになり、20歳で総入れ歯にしなければいけないほどダメージを受けてしまったのです。しかも手術しようにも麻酔が効かない。あまりの激痛のため、手術できない状態になってしまっていたのです。
ところが、彼は歯医者に「それでも家に帰ってマウンテンデューを飲み続ける」と言って帰って行きました。
彼は、自分の歯がボロボロになっても、なおそれが必要だと思いました。完全にカフェイン中毒で、彼の幸せのためには、むしろいらないものなのに、彼はそれをはなそうとはしなかったのでした。
「すべての人は罪を犯し」た、「罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である」(ローマの信徒への手紙3章23節、ヨハネによる福音書8章34節)と聖書にあります。僕たちはみんなあのラリーのように、罪の奴隷、何かの奴隷になっているというのです。自分の力では逃れることのできない、何かにつかまえられている。それはいったい、なんでしょうか。何が僕たちの腕をつかんでいるのでしょう。
それは次で学んでいきましょう。今回は、それから逃れられる方法を紹介して終わりますね。だって、変なのに腕をつかまれているのは嫌でしょ(笑)。これが解決策です。どうぞ。
イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である」
ヨハネによる福音書14章6節(新共同訳)
真理はあなたがたを自由にする。
ヨハネによる福音書8章32節(新共同訳)
そうです。イエスさまです。では、罪とはいったいなんでしょうか。