アダムとエバ(イブ)の聖書物語を解説!りんごを食べたことが罪になるの?

アイキャッチ「アダムとエバとは?」

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この記事はこんな人におすすめ!
・アダムとエバの物語について学びたい
・禁断の果実とは何か知りたい

アダムとエバのことは、なんとなく知っているという人も多いのではないでしょうか?

この記事では、アダムとエバの物語を解説します!

目次

創世記に出てくるアダムとエバは何をした人?どうやって生まれたの?

アダム:人類の祖先。神によってつくられました。

エバ(イブ):人類最初の女性。アダムの妻。「イブ(イヴ)」とも「エバ」とも呼ばれますが、発音の表記の違いで、同一人物です。

アダムからイエス・キリストまでの家系図

アダムからイエス・キリストまでの家系図

よくある質問

アダムとエバは何をした人ですか?

アダムとエバは、最初につくられた人であり、また最初の罪を犯して、楽園であるエデンの園を追い出された人たちです。

アダムとエバはどうやって生まれましたか?また、どちらが先ですか?

最初に創造されたのはアダムで、土のちりから神にかたどってつくられ鼻に命の息が吹き込まれ、アダムは「生きる者」となりました。

そのあと、神はアダムのあばら骨から、エバを造り、アダムに会わせました。

なぜ、アダムとエバはエデンの園を追放されたのですか?

最初、アダムとエバは罪がない楽園であるエデンの園に住んでいました。

しかし、神に背く行為をしたために、エデンの園を追放されることになりました。

アダムとエバの子どもは誰ですか?何人いますか?

アダムとエバの子どもが何人いるかは、正確にはわかりません。

子どもたちの中で有名なのは、長男のカイン、次男のアベル、三男のセツです。カインは人類最初の殺人を犯し、アベルはその犠牲者になりました。

アダムとエバの物語が出てくる聖書箇所

創世記2章7節ー3章24節

アダムとエバの物語のあらすじ

『アダムとイヴ』のあらすじのまとめ
  1. 最初の人間アダムが創造される
  2. エバが創造される
  3. アダムとエバの結婚
  4. エバがサタンに誘惑され、善悪を知る知識の実を食べる
  5. アダムも、善悪を知る知識の実を食べる
  6. 救いの計画を告げられる
  7. 楽園であったエデンの園からの追放

最初の人間アダムの誕生

神による天地創造が完成を迎えようしたとき、最後に人間がつくられました。

土のちりから「神にかたどって」(創世記1章27節)、アダムはつくられます。鼻に命の息が吹き込まれ、アダムは「生きる者」となりました。

アダムとエバは、全人類の祖先です。人類の単一性を証明するために、さまざまな種類の証拠が豊富にあります。科学の研究は、歴史的証拠とは全く無関係に、神が「ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ」た(使徒17:26、ローマ5:12-21、1コリント15:22-49)という結論に導くのです。1

ミケランジェロの絵画『アダムの創造』
『アダムの創造』ミケランジェロ(原典

人類最初の結婚

アダムを造られたあと、神は言われました。「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」(創世記2章18節)

そして神は、アダムのあばら骨から、女(後のエバ)を造り、アダムに会わせました。

神は、アダムに欠けているものをエバが補い、二人が一つとなって完全となることを望まれたのです。

アダムは、この女のことを「わたしの骨の骨 わたしの肉の肉」(創世記2章23節)と告白し、二人は結ばれ、結婚します。

この伴侶が彼の脇から取られたのは、彼女が自分の肉のように彼にとって大切なものであることを意味します。彼女が彼を支配しないように彼の頭からではなく、彼が彼女を虐げることがないように彼の足からでもなく、結婚生活に存在する平等の性質を示すために、彼の脇から取られたのです。2

『第6日目、動物、アダムとイヴの創造』ヨハン・サデラー
『第6日目、動物、アダムとイヴの創造』ヨハン・サデラー(原典

禁断の果実を食べるアダムとエバ

アダムには楽園であるエデンの園を耕し、守る仕事が与えられ、アダムとエバの夫婦は、神と共に過ごす生活に喜びを感じていました。

その中で神は、アダムに一つのルールを与えます。

園のすべての木から取って食べても良かったのですが、一つだけ食べるのを禁じられているものがあったのです。それが、善悪の知識の木でした。

あるとき、蛇が女のもとにやって来て、食べることを禁じられていた善悪の知識の木の実を食べるように誘惑してきました。

この蛇は、天で神に反逆し、悪魔となった堕天使・ルシファーで、敵(ヘブライ語でサタン)でした。

ピーテル・パウル・ルーベンスが制作した絵画『アダムとイヴ』
『アダムとエバ』ピーテル・パウル・ルーベンス(原典

園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか(創世記3章5節)と言って、サタンはエバに近づきます。

神はどの木からでも食べてはいけないと言われたのではなく、「善悪を知る木からは取って食べてはならない(創世記2章17節)と言われたのです。

サタンは神の言葉を巧みに変えて、神の愛を疑わせようとしたのです。

こうして「神のように」(創世記3章5節)なれるという蛇の言葉にだまされ、女は木の実を食べてしまいます。

そしてアダムに与え、アダムも木の実を食べてしまい、罪を犯しました。

アダムの創造からこの堕落までは、おそらくそこまで長い時間はありませんでした。

アダムがエデンでどのくらい生きたかはわからないが、(堕落までは)比較的短い期間であった。3

善悪の知識の実とは? アダムとエバが食べたのは、りんごではなかった?

善悪の知識の実は、人が神に従うかどうかのテストでした。

聖書の神の性質は愛です。愛は強制することができず、自由意志による選択が必要です。

それゆえに、人が神に背く選択肢をつくる必要があったのです。

ちなみに聖書では、善悪の知識の実がなんであるかは言及されていません。

一説によると、聖書がラテン語に翻訳されたときに「りんごである」という考えが始まったとされています。

ラテン語で「りんご」を意味する「mālum」は、「悪」を意味する別のラテン語「mălum」に、とてもよく似ています。この言葉の類似性から、悪の象徴としてりんごが使われるようになったのかもしれません。4

いちじくの葉っぱと毛皮の衣

神の律法(ルール)を破ってしまった二人は、神から隠れようとし、またいちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの体を覆いました(創世記3章7節)

そのとき、神はアダムに言われます。「どこにいるのか」(創世記3章9節)

それは、アダムの罪の意識を引き出し、悔い改めを呼びかけるものでした。

しかし、不幸なことに、アダムは自分の罪を、妻である女や女を造られた神のせいにしてしまいます。

罪を犯した結果、アダムを含む人類には苦しみと死がもたらされましたが、それに対し、神は救いの約束を与えられました。

わたしは恨みをおく、おまえ(サタン)と女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう

創世記3章15節(カッコは筆者注)

ここでは、「彼」と呼ばれる救い主によって、サタンは敗北することが約束されています。

そして、神はアダムとエバのために「皮の着物を造って、彼らに着せられた(創世記3章21節)のです。

十字架にかかるキリストのイメージ画像

アダムとエバがつくったいちじくの葉の着物は、やがては枯れてしまいます。しかし、神がつくられた皮の着物はいつまでも使えるものでした。

これは自分の力では、人は救われないことを象徴しています。

またここで殺された動物は、人の罪を背負って十字架で殺されるキリストを象徴していました。

エデンの園の追放とその後の生活

こうして、アダムと女は、エデンの園から追放されました。

アダムは、女のことを「エバ(命という意味)」と名付け、彼女は「すべての命あるものの母」(創世記3章20節)となりました。

その後、彼女はカインとアベルを産み、それ以降は聖書に登場していません。

このカインとアベルは兄弟でしたが、兄が弟を殺すという悲劇が起きてしまいます(創世記4章)。

また、アダムとエバは他にも息子や娘をもうけ、アダムは930歳で死んだことが記録されています(創世記5章3ー5節)。

カインの子孫とセツの子孫

カインがアベルを殺したので、神はアベルの代りに、ひとりの子をわたしに授けられました。

創世記4章25節

これはアダムの妻エバの言葉です。

アダムとエバの三男は、セツと名づけられました。セツという名前には「償い」という意味があります。

当然、セツも、両親の堕落した性質を受け継いではいましたが、アダムから救い主に関する知識やさまざまな教訓も学び、神を尊ぶ人として成長しました。

次の26節からそれが分かります。

セツにもまた男の子が生れた。彼はその名をエノスと名づけた。この時、人々は主の名を呼び始めた。

創世記4章25節

セツは子孫を正しく教育していったのです。こうして人口が増えていくにしたがって、2種類の人々の差が顕著に表れてくるようになりました。

神を愛し従う人々と、神に背く反抗的な人々です。

当時の人々は追放されたエデンの園に入ることはできませんでしたが、エデンの園自体はノアの洪水で破壊されるまでそこに存在していましたので、神の存在そのものを否定することはできませんでした。

また、アダムから直接神についての知識を得ることができていました。

それでもカインの子孫は、神の救いの約束には気を留めず、財産や快楽を求めるために、神に対する反抗を続けました。

一方、セツの子孫は、カインの子孫の悪い影響を避けるために山に逃れ、そこに住むようになります。

彼らは神の純粋な信仰を保とうとしたのです。

しかし、時の経過と共に、彼らは徐々に平地に住むカインの子孫たちと交わるようになり、次第に神に対する信仰の純粋性を失うことになっていったのです。

第二のアダム(最後のアダム)であるキリスト

十字架の前に集まる人々

新約聖書では、罪と死を世にもたらした「一人の人」としてアダムが登場します(ローマ人への手紙5章12ー21節)。また、エバの失敗からの教訓も記されています(コリント人への第二の手紙11章3節、テモテへの第一の手紙2章13節)

このようなわけで、ひとりの人によって罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだのである。……もしひとりの罪過のために多くの人が死んだとすれば、まして、神の恵みと、ひとりの人イエス・キリストの恵みによる賜物とは、さらに豊かに多くの人々に満ちあふれたはずではないか。 

ローマ人への手紙5章12、15節

しかし、別の「一人の人」であるキリストによって、救いの道が開かれました。イエス・キリストは、「最後のアダム」とも「第二の人」とも呼ばれています(コリント人への第一の手紙15章45節)

聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった。 ……第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。

コリント人への手紙15章45、47節

まとめ

アダムとエバは、最初につくられた人であり、また最初の罪を犯して、楽園であるエデンの園を追い出された人たちでした。

彼らの罪により、人類は罪の傾向と影響を受けることになりましたが、キリストによって救いの道が開かれました。

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参考文献

  1. Easton, M. G. (1893). In Illustrated Bible Dictionary and Treasury of Biblical History, Biography, Geography, Doctrine, and Literature (p. 18). New York: Harper & Brothers.
  2. Easton, M. G. (1893). In Illustrated Bible Dictionary and Treasury of Biblical History, Biography, Geography, Doctrine, and Literature (p. 242). New York: Harper & Brothers.
  3. Horn, S. H. (1979). In The Seventh-day Adventist Bible Dictionary (pp. 17). Review and Herald Publishing Association.(カッコは筆者注)
  4. GOT QUESTIONS https://www.gotquestions.org/forbidden-fruit-apple.html

新聖書大辞典(いのちのことば社)

新共同訳聖書辞典(キリスト新聞社)

安息日学校聖書研究ガイド『創世記』(2022年2期)

Horn, S. H. (1979). In The Seventh-day Adventist Bible Dictionary (p. 346). Review and Herald Publishing Association.

Nichol, F. D. (Ed.). (1978). The Seventh-day Adventist Bible Commentary (Vol. 1). Review and Herald Publishing Association.

Easton, M. G. (1893). In Illustrated Bible Dictionary and Treasury of Biblical History, Biography, Geography, Doctrine, and Literature (p. 242). New York: Harper & Brothers.

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