苦しい時こそ

概要

2023年7月15日 SDA小金井教会 安息日礼拝 説教者:島田 隼人
聖書のみことば:コリント信徒への手紙 二12章9、10節
「すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」(日本聖書協会©️聖書 新共同訳)

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神を第一にする

「汁」という漢字が1文字書かれたTシャツを着ているアメリカから来た青年がいました。同じTシャツを毎日着ているので理由を聞いたら、十字架が光っているように見えるからという理由でした。彼は、神を第一にするという気持ちで着ていたのです。

神を第一にするということは、私たちが神からいただいているものの管理者であることを覚えるということです。

管理者の働きは次の5つの「T」で表すことができます。時間(Time)、命と健康(Temple)、才能(Talents)、富(Treasures)、福音・証し(Testimony)。

神に委ねた人たち(聖書に登場するお話から)

旧新約聖書に、神を第一にした2人のやもめの話が出てきます。マルコ12章には、やもめの献金の話があります。大勢の金持ちが有り余る中からたくさんのお金を投げ入れたのに対して、1人のやもめは彼女が持っているすべてである銅貨2枚を入れました。イエスは、彼女がささげ物と一緒に自分の心をささげたのを見て喜び、弟子たちにそのことを伝えました。彼女はそれを耳にして、自分の行為が理解されたことを感じて喜びました。

列王記上17章には、エリヤとやもめの話があります。彼女は、シドンのサレプタで息子と2人で生活をしていましたが、食糧が尽き最後のパンを食べて死のうとしていました。ところが、エリヤはその最後のパンを自分に食べさせてくれと言ったのです。これ以上の信仰のテストはありませんでしたが、彼女はそのテストに耐えました。そのことにより、彼らはその後、ずっと生きられるようになったのです。

イエスは十字架で「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」と言われました。私たちは自分の人生を自分でコントロールしたいと考えます。全部を委ねることはできません。なぜなら、委ねるとは、イエスを助手席に乗せることではなく、イエスに運転席を譲ることだからです。ですが、絶対に解決できないのではないかという問題に直面する時こそ、イエスに委ねていただきたいのです。

2人のやもめは、苦しかった時に神に委ねました。委ねるとは英語でSurrender で、降伏し、明け渡し、負けを認めるという意味があります。すべてを委ねるのは簡単なことではありませんが、私たちが一番委ねるべきなのは、私たちが負っている重荷なのです。

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