【エステル記】厳しい現実の中でも、耳を傾ける【2章解説】

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エステル記2章12ー20節(口語訳)

2:12おとめたちはおのおの婦人のための規定にしたがって十二か月を経て後、順番にアハシュエロス王の所へ行くのであった。これは彼らの化粧の期間として、没薬の油を用いること六か月、香料および婦人の化粧に使う品々を用いること六か月が定められていたからである。 2:13こうしておとめは王の所へ行くのであった。そしておとめが婦人の居室を出て王宮へ行く時には、すべてその望む物が与えられた。 2:14そして夕方行って、あくる朝第二の婦人の居室に帰り、そばめたちをつかさどる王の侍従シャシガズの管理に移された。王がその女を喜び、名ざして召すのでなければ、再び王の所へ行くことはなかった。

2:15さてモルデカイのおじアビハイルの娘、すなわちモルデカイが引きとって自分の娘としたエステルが王の所へ行く順番となったが、彼女は婦人をつかさどる王の侍従ヘガイが勧めた物のほか何をも求めなかった。エステルはすべて彼女を見る者に喜ばれた。 2:16エステルがアハシュエロス王に召されて王宮へ行ったのは、その治世の第七年の十月、すなわちテベテの月であった。 2:17王はすべての婦人にまさってエステルを愛したので、彼女はすべての処女にまさって王の前に恵みといつくしみとを得た。王はついに王妃の冠を彼女の頭にいただかせ、ワシテに代って王妃とした。 2:18そして王は大いなる酒宴を催して、すべての大臣と侍臣をもてなした。エステルの酒宴がこれである。また諸州に免税を行い、王の大きな度量にしたがって贈り物を与えた。

2:19二度目に処女たちが集められたとき、モルデカイは王の門にすわっていた。 2:20エステルはモルデカイが命じたように、まだ自分の同族のことをも自分の民のことをも人に知らせなかった。エステルはモルデカイの言葉に従うこと、彼に養い育てられた時と少しも変らなかった。

目次

後宮の様子

ワシテ(ワシュテイ)の時にも、そこには少なからず、勢力争いの影を見ることができます。王妃の影響力を削いで、影響力を増そうと考えた人々がいたのです[1]

王宮は常に陰謀が立ち込めていましたが、後宮は特にその温床となっていました。

東洋の婦人部屋は絶えざる陰謀の温床でした。王妃たちは王の好意と権力を得ることによって自分の子供たちを昇進させようと努めました。多くの政治的陰謀や反逆が王の婦人部屋から起こったという記録があります[2]

ジェラルド・ウィーラー『平凡な人々、非凡な生涯』87頁

陰謀が渦巻いていた様子は、エステル記2章21節から23節にも描かれ、クセルクセス王がその命を狙われていたことがわかります。このときにはモルデカイの活躍により未然に防がれますが、その後、クセルクセス王は歴代ペルシア王の中で、暗殺された最初の人物となってしまいます[3]。 

このことからも、後宮は非常に情勢が不安定な場所であることがわかります。

王のもとへ行く

エステル記2章12節には、王のもとに行く女性たちが出てきますが、原語では性的なニュアンスが含まれています[4]

また、エステル記2章17節には次のようにあります。

王はすべての婦人にまさってエステルを愛したので……

エステル書2章17節

この「愛する」という言葉も、性的なニュアンスを含んでいると考えられています。

ここで「愛する」という言葉אהבが使われているのは、王が他の女性たちを「喜ぶ」(HEB. חפ)、つまり「好きを超えた段階」(FOX, 37)と対比するためであることは疑いようがない。とはいえ、この言葉は、通常、英語の用語に関連する深い感情的な結びつきやロマンチックな感情を表しているわけではない。実際、王がヴァシュティの後任として選んだ女性の基準が、その美しさと王を性的に満足させる能力であることを考えると(上記12-14節の解説参照)、アハシュエロスにとってエステルは「所有の誇りと性的興奮以上のものになり得ない」(フォックス、38)のは間違いないだろう[5]

Bush, F. W. (1996). Ruth, Esther (Vol. 9, p. 366). Dallas: Word, Incorporated.

つまり、女性たちは王と一夜を共にして、それによって選ばれたのです。

そのような選定にエステルは選ばれ、ワシテ(ワシュティ)の事件から4年後のテベトの月に王のもとに連れて行かれます(エステル記1章3節参照)。おそらくは抵抗できない状況下に置かれたのでしょう。

(エステル記2章)8節の「…宣言され、…集められ、…連れ去られた」という3つの受動態の連続によって、この問題における彼らの消極的な姿勢が強調され、抵抗できない一連の出来事が描かれています[6]

Bush, F. W. (1996). Ruth, Esther (Vol. 9, pp. 367–368). Dallas: Word, Incorporated.(括弧内は筆者注)

抵抗できないエステルの様子は、王妃に選ばれる場面の彼女の様子を描いた2章全体を通して見ることができます。

エステル書2章5ー20節では、エステルが登場し、ついに王妃となることができる。エステルについては、主に受動態の動詞が用いられており、置かれた状況の原因が彼女にないことが示唆されている。その代わりに、彼女は不安定な環境の中で最善を尽くし、彼女を世話する人々から好意的に受け止められている[7]

Reid, D. (2008). Esther: An Introduction and Commentary (Vol. 13, p. 84). Downers Grove, IL: InterVarsity Press.

何を求めなかった

女性たちは規定に従って化粧の期間が設けられ、準備をしていきます。この準備のために用いられたミルラは、当時ではとても一般的なものでした。

ミルラは、その香りと浄化作用のために、古代の人々にとても重宝されていました。エジプトでは、死者の防腐処理に使われました(創世記50章2節参照)。また、ユダヤ人は「聖なる油注ぎ」の主成分の一つとして使用しています(出エジプト30章23ー25節)。衣服や寝床は、これで香りをつけられていました(詩篇45篇8節、箴言7章17節)[8]

Nichol, F. D. (Ed.). (1977). The Seventh-day Adventist Bible Commentary (Vol. 3, p. 470). Review and Herald Publishing Association.

また、このとき女性たちには「居室を出て王宮へ行く時には、すべてその望む物が与えられ」ました(エステル記2章13節)

ある解説者は、それぞれの処女はこの機会に身につけることを選んだどんな宝石や衣裳も手元に残す特権があったと示唆しています[9]

Nichol, F. D. (Ed.). (1977). The Seventh-day Adventist Bible Commentary (Vol. 3, p. 470). Review and Herald Publishing Association.

しかし、エステルは「婦人をつかさどる王の侍従ヘガイが勧めた物のほか何をも求めなかった」のです(エステル記2章15節)

エステルが後宮へと連れてかれた時に、モルデカイの言葉を守ったと記録され(10節)、そしてこのエピソードの最後にも、「エステルはモルデカイの言葉に従うこと、彼に養い育てられた時と少しも変らなかった」とあります。

彼女は不条理にも、強制的に従わざるを得ない状況の中で、信頼できる人の言葉に積極的に従う姿勢を見せていきます。 

この消極的にも見える彼女の行動は、多くの人に好意を得させることとなりました。

さてモルデカイのおじアビハイルの娘、すなわちモルデカイが引きとって自分の娘としたエステルが王の所へ行く順番となったが、彼女は婦人をつかさどる王の侍従ヘガイが勧めた物のほか何をも求めなかった。エステルはすべて彼女を見る者に喜ばれた。

エステル記2章15節

エステル記2章15節には、はっきりと彼女のこの従順で謙虚な態度が好意を得させたことが記録されているのです。

まとめ

厳しい現実の中でも、エステルは従順で謙虚な態度を見せていきます。他の人のアドバイスに耳を傾ける彼女の姿勢は、好意を得させ、彼女自身と人々を救う機会を生み出していくのでした。

彼女の美しさは、本質的に人格の美しさであり、外見の美しさは付随的なものであった[10]

Nichol, F. D. (Ed.). (1977). The Seventh-day Adventist Bible Commentary (Vol. 3, pp. 470–471). Review and Herald Publishing Association.

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会口語訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

参考文献

[1] ジェラルド・ウィーラー『平凡な人々、非凡な生涯』76頁

[2] ジェラルド・ウィーラー『平凡な人々、非凡な生涯』87頁

[3] 阿部拓児. アケメネス朝ペルシア 史上初の世界帝国 (Japanese Edition) (p.154). Kindle 版.

[4] Reid, D. (2008). Esther: An Introduction and Commentary (Vol. 13, pp. 81–82). Downers Grove, IL: InterVarsity Press.

[5] Bush, F. W. (1996). Ruth, Esther (Vol. 9, p. 366). Dallas: Word, Incorporated.

[6] Bush, F. W. (1996). Ruth, Esther (Vol. 9, pp. 367–368). Dallas: Word, Incorporated.

[7] Reid, D. (2008). Esther: An Introduction and Commentary (Vol. 13, p. 84). Downers Grove, IL: InterVarsity Press.

[8] Nichol, F. D. (Ed.). (1977). The Seventh-day Adventist Bible Commentary (Vol. 3, p. 470). Review and Herald Publishing Association.

[9] Nichol, F. D. (Ed.). (1977). The Seventh-day Adventist Bible Commentary (Vol. 3, p. 470). Review and Herald Publishing Association.

[10] Nichol, F. D. (Ed.). (1977). The Seventh-day Adventist Bible Commentary (Vol. 3, pp. 470–471). Review and Herald Publishing Association.

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