【士師記】強くて弱い【15章、16章解説】#11

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中心思想

サムソンは肉体的には強くても、道徳的には弱い人間でした。彼は神との特別な関係を放棄することによって、成功の秘訣である神の力を失いました。

最大の弱点

中国北部に数千キロにわたって延びている万里の長城は、人間によって建造された最長の構築物です。高さは約7.5 メートルで、至る所に監視塔が設けられています。この長城は完全な手造りで、幾世紀にもわたる無数の労働者の困難に満ちた働きと多くの犠牲によって完成しました。

中国の歴史書によれば、長城の建設は紀元前221年から210年にかけて支配した秦王朝の支配者、始皇帝によって始められました。始皇帝の意図は、北方のモンゴル平原に住む好戦的な諸部族から中国国境を守ることにありました。しかし、この長城でさえ中国を完全に守ることができませんでした。北方の敵は、警備の手薄な、最も弱い地点を見つけて、そこから侵入してきました。中国にも弱体化し、腐敗した時期があり、広範な長城を完全に防衛することができなかったのです。こうして、北方の敵にしばしば侵入を許すことになります。

城壁であれ、鎖であれ、あるいは人間であれ、最も弱い部分によってその強さが決まります。サムソンは肉体的には、だれよりも強い力を持っていました。しかし、彼にも弱点がありました。敵にそれを見破られた時、彼はすぐ、に力を失いました。

Ⅰ.抑えがたい力(士師記15章20節~16章3節)

サムソンはろばのあご骨で大勝利をおさめ、それから20年間にわたってイスラエルを裁きました(士師15 : 20)。このことから、ペリシテ人がその後、数年間はイスラエル人を悩ますことがなかったことがわかります。

サムソンが勝利をおさめるまでは、ペリシテ人は思いのままにイスラエル人を襲撃していました。このことは、彼らがユダの人々を利用してサムソンを捕らえようとしていることからもわかります(士師15:9〜13)。しかし、サムソンが勝利してからは、サムソンとペリシテ人との間に戦闘があったとは、士師記に書かれていません。ペリシテ人は恐怖のためにサムソンを捕らえることができなかったのでしょう。サムソンがいるうちは、ペリシテ人もイスラエル人を攻撃することによって、あえてサムソンによる報復攻撃を招くようなことはしなかったはずです。

サムソンはどんな愚かな行為によって自分と自分の民を危機に陥れましたか。

士師16:1、2

サムソンにはイスラエルの救助者としての大きな責任が負わせられていました。しかし、彼は自分の性的欲求を満たすために無謀な旅に出ます。外国の女に引かれた彼はペリシテ人と結婚していました(列王上11:1〜8比較)。彼は今また、ペリシテの女と、しかも婚外交渉を持とうとしたのでした。

この遊女は安全圏の外、つまり堅固な城壁に囲まれたペリシテの町、ガザにいました。復譽心に燃えるペリシテ人はサムソンを取り囲み、朝になれば出ていくはずの町の門のところで待ち伏せしていました。

「サムソンは、夜中に目がさめた。彼は、ナジル人の誓いを破ったことを思い出して、良心に責められ、心が苦しめられた。しかし、神は彼がこのような罪を犯したにもかかわらず、彼をあわれみ、お捨てにならなかった。彼の大力は、また、ここで彼を救った」(『人類のあけぼの』下巻214、215ページ)。

ペリシテ人の兵士たちも、地中に埋められていた重い町の門も、サムソンを阻止することができませんでした。「サムソンは門柱に固定されていたかんぬきをつかみ、その怪力を用いて、門柱を引き抜いた」( 「SDA聖書注解』第2巻396ページ)。

Ⅱ.サムソンの弱点(士師記6章4節、5節)

サムソンは、「ソレクの谷にいるデリラという女を愛する」ようになります(士師16:4)。このデリラはペリシテ人とも遊女とも言われていません。おそらく、サムソンはペリシテ人と遊女に濁して教訓を学んでいたのでしょう。デリラはサムソンの故郷であるツォルア(ゾラ)の近くに住んでいたので(士師13:2)、イスラエル人であったかもしれません。彼女はサムソンと共に行動しているので、男性の親族に支配されない自由な女であったと思われます。

ペリシテ人がデリラを用いてサムソンを捕らえようとしたのはなぜですか。

 士師16:5

デリラの生まれがどこであろうと、彼女はサムソンとは結婚していませんでした。そこで、サムソンに対して妻としての忠誠心を持っていませんでした。力ではかなわないと見たペリシテの都市国家の支配者たちは、ひとりが銀1100枚という破格のわいろを支払ってデリラにサムソンを裏切らせようとします。もしペリシテ人のすべての五つの都市の支配者がかかわっていたとするなら、総額で5500シェケル(シケル)になり、これはひとり30シェケルの奴隷183人分に相当します(出エ21:32参照)。

ペリシテ人が女を用いてサムソンから秘密を聞き出そうとしたのは、これが最初ではありませんでした(士師14:15〜17比較)。サムソンの妻は焼き殺すという脅迫に屈していますが、デリラには脅しが通用しなかったようです。サムソンが自分を守ってくれると信じていたからです。

サムソンが女性に対して弱みを持っていたのはなぜだと思いますか。
士師14:1〜3、15〜17、16:1、2、4

次の答えの中から最も適当なものを選んでください。

1.サムソンは非常に愛情を必要としていたのに、結婚に失敗し、そのため深刻な感情的問題をかかえていました。

2.サムソンは安全なイスラエル人女性との結婚の外に愛情を求め、そのために、少しも彼のことを考えようとしない女性に影響・支配されることになりました。

3.サムソンは自分の愛した女が不幸になることに耐えられませんでした。こうして、不幸な女はサムソンにとって大きな圧力となりました。

4.別の答え

5.上の答えすべて

Ⅲ.裏切りの企て(士師記16章5節~14節)

ペリシテ人はデリラの性格を正確につかんでいました。たぶん彼女の金銭欲は有名だったのでしょう。いずれにしても、ペリシテ人のわいろはデリラのサムソンヘの忠誠心にまさっていました。デリラが同意したのは、サムソンを裏切ってペリシテ人の手に渡すことだけでした。ペリシテ人はサムソンを殺すことについては何も言いませんでした(士師16:5)。

ペリシテ人はどのようなわけで、サムソンの怪力には何か秘密があると考えましたか。

 士師16:5

サムソンのわざにはどこか超人的な力を感じさせるものがありました。ダビデとベナヤも獅子を殺していますが(サム上17:34~37、サム下23:20)、この場合は明らかに武器を用いています。しかし、サムゾンは素手で獅子を裂きました(士師14:6)。サムソンがガザの町の門柱を引き抜き、かんぬきごと山の上に運び上げた時には(士師16:3)、ペリシテ人も度肝を抜かれたことでしょう。ペリシテ人は、「サムソンの力の秘密は何らかの魔力によるものであろうと想像した。彼はおそらくどこかで、自分の力には秘密があると自慢していたのであろう」( 「SDA聖書注解」第2巻397ページ)。

デリラに対するサムソンの返答を見れば、彼のデリラに対する信頼がどの程度のものであったことがわかりますか。

士師16:7、11、13

もしサムソンがデリラに自分の秘密を明かさなかったなら、デリラもサムソンを裏切ることができなかったはずです。デリラのやり方を見れば、彼女があまり賢明な女ではなかったことがわかります。ペリシテ人が自分に対して用いたのとほとんど同じ言葉を用いているからです(5節を6節と比較)。デリラはサムソンの情婦でしたが、サムソンは彼女に自分の秘密を明かそうとしませんでした。それはサムソンにとって個人的な問題であるばかりでなく、生死にかかわる問題でした。サムソンは、ペリシテ人の妻に対してもそうでしたが(士師14 : 16)、デリラに対しても完全な信頼を寄せていませんでした。彼はデリラを満足させるために、あたかも秘密を明かすかのように、自分を捕らえる方法について語っています。

サムソンはデリラの質問に疑念を抱いていたはずです。また、デリラが自分を縛るたびに、ペリシテ人が突然姿を現すことにも疑念を抱いていたはずです(士師16:9、12、14)。

Ⅳ.成功の秘訣(士師記16章13節~20節)

ペリシテ人がデリラに、サムソンをうまく縛り上げる方法をさぐるように求めてきたので(士師16:5)、デリラはサムソンに、どうしたら彼を縛り上げることができるか尋ねました(6節)。そこで、サムソンはデリラに、まず乾いていない新しい弓弦7本で(7節)、次にまだ一度も使ったことのない新しい縄で(11節)自分を縛ればよいと言います。しかし、先にユダの人々が新しい縄でサムソンを縛った時と同じく(士師15:13、14)、これらの方法は何ら効果がありませんでした。サムソンの力の秘密が彼を縛る方法とは全く関係がなかったからです。

3番目の方法(士師16:13、14)はどんな意味でサムソンの力の真の秘密に迫るものでしたか。

初めの二つと同じく、3番目の方法も縛ることに関係していましたが、今回は真の秘密であるサムソンの髪に関係していました。デリラに自分の秘密を明かさないというサムソンの決心が、次第に弱まっていたように思われます。

サムソンの髪とその力との間にはどんな関係がありましたか。

士師16:17〜20

サムソンの髪に魔力があったわけではありません。ただ、主は彼の髪を神ご自身と特別で、聖なる関係にあるナジル人のしるしとされたのでした(士師13:5)。主の霊からくる超人的な力の賜物は、サムソン個人にではなく、ナジル人サムソンに対して与えられたものでした。彼の髪が切られた時(士師16:19)、そのナジル人としての身分が失われたのでした。彼はもはやナジル人サムソンではなくなったので、その力の源からも断たれたのでした。

サムソンの生涯は、士師の時代におけるイスラエル人の霊的経験を反映していました。神がサムソンを特別な契約関係のために選ばれたのは、イスラエル人を特別な契約関係のために選ばれたのと同じでした。サムソンの神に対する特別な関係は、イスラエル人のそれと同じく、服従を条件としており、これには独特な生活様式を堅持することが含まれていました。サムソンもイスラエル人も、神の契約を守る限りは無敵でした。未信者と関係を持った時に、彼らは悪の影響力に屈し、神との特別な関係を捨てたのでした。その結果、彼らは無力になりました。彼らは塩気を失った、価値のない塩(マタ5: 13)、また幹から切り離されて枯れた枝(ヨハ15:6)のようなものでした。

V.祝宴と大虐殺(士師記16章21節~31節)

サムソンは眠りから覚め、いつものように戦おうとしました。しかし、彼は主が自分を離れられたことを知りませんでした(士師16:20)。ペリシテ人はサムソンを殺そうとはしませんでした。復薑するためには、生きたまま苦しめる必要がありました。盲目になって、ペリシテ人の製粉所で粉をひくサムソンの姿は、彼が霊的に盲目の罪の奴隷であったことを示していました(21節)。

神を拒んだために神によって見捨てられた聖書の他の人物はどうなりましたか。

サム上28:5~7、31:2~10
歴代下36:15~21
マタ27:3~5

歓喜したペリシテ人は宗教的な祝宴を開き、皆の見せ物にするためにサムソンを引き出します。サムソンは最後の復讐をする決心をします。彼の髪は再び伸び始めていましたが、それにも増して、彼は渇きのために死にそうになった時のように(士師15:18)、神に信頼し、祈ることを思い出していました。この時の彼の祈りは自分を守るためではなく、復譽のためでした(士師16:28)。それにもかかわらず、以前のように神はサムソンの復譽を用いて、完全とは言えないまでもイスラエル人をペリシテ人から解放するというご自分の計画を推進されました(士師13:5)。サムソンは満員の神殿を倒壊させることによって、生きている間に殺したよりも多くのペリシテ人を殺しました(士師16:30)。孤独な復譽者サムソンは偉大な解放者でした。

サムソンの死は自殺でしたか、自己犠牲の死でしたか。

士師16:28〜30

神はサムソンの働きを助けられました。殺人を認められない神(出エ20 : 13)が、自己殺人であるサムソンの自殺を助けられるでしょうか。決してそのようなことはありません。サムソンの目的は自分自身を滅ぼすことではなく、イスラエルの敵でもある自分の敵を滅ぼすことでした。サムソンは自分の命を犠牲にしてイスラエルを助けたのです。

神が、様々な時代に、ご自分の民を用いて、救われる望みのない人々になされた報復は殺人ではなく、死刑の執行であり、極刑でした。全く異なった現代の社会においては、悔い改めない未信者に対する死刑の執行は私たちのなすべき働きではありません。神が刑を執行されます(ヘブ10:26〜31参照)。

まとめ

サムソンは罪深い快楽を求め、自分の力に信頼することによって、自分自身を弱めてしまいました。彼の力は彼自身のものではなく、神からの賜物でした。神との関係を捨てた時に、彼はたやすく敵に破れました。それにもかかわらず、神はご自分の民を助けるためにサムソンの最後の祈りに答えられます。同じように今日も、神はご自分に助けを求める弱い者たちを通して働かれます。

*本記事は、アンドリュース大学旧約聖書学科、旧約聖書・古代中近東言語学教授のロイ・E・ゲイン(英Roy E. Gane)著、1996年第1期安息日学校教課『堕落と救いー士師記』からの抜粋です。

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