安息日とは?何曜日なの?安息日はユダヤ教だけ!?
目次
安息日とは
安息日は創世記に出てくるもので、
金曜日の日没から土曜日の日没までのことを指すんだよ。
安息日は何曜日ですか?
- 土曜日を安息日とする根拠は?
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聖書は週の第七日、すなわち土曜日を聖なる日、神を崇め礼拝を捧げるべき日と定めていると理解しているからです。
創造主は人間が神に背き罪に堕ちる前に、人類の祝福のために安息日と結婚の制度を定められました。
聖書には、創造週の第七日目に天地創造を完成されたとき「神はその第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである」(創世記2:3)と記されています。
人間がなぜ神を覚え礼拝を捧げるかといえば、「天と地と海と水の源を創造した方を拝め」(黙示録14:7)と天使が呼びかけているように、神が天地の造り主だからです。
神と人間のあり方を定めた十戒の第4条には「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない‥‥それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された」(出エジプト20:8,9,11)と、この日を創造主を覚える聖なる日とするように命じられています。
新約聖書においても、主ご自身「いつものとおり安息日に会堂に入り、朗読しようとして立たれた」(ルカ4:16)とあるように、それが習慣であったことがわかります。
聖書には、一見安息日を否定するかのような安息日をめぐるキリストとパリサイ人との論争が記されていますが、それは人の祝福のために造られた安息日を、人間が作りだした規則によって重荷にしていた当時の宗教家たちや彼らの守り方についての論争であって、安息日そのものの是非についてではありませんでした。
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- 十字架以前はともかく、十字架後も安息日は守られたのですか?
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約40年後に起ころうとしていたエルサレムの滅亡を預言されたキリストは、その時は山に逃れるように警告され、その日が「冬や安息日にならぬよう祈りなさい」(マタイ24:20)と言われました。
安息日でない方が逃げやすいためですが、少なくとも主が十字架から数十年後に起きる出来事に関連して生じる安息日について言及しておられ、否定的なことは何も言っておられないことは注目に値します。
使徒たちを見ても彼らが安息日を無視していないことは明らかです。
それどころか使徒たちも伝道旅行中に、キリストと同じように安息日になると「いつもしているように、会堂に入って行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じた」(使徒17:2)のでした。
これは十字架後も彼らが安息日を特別な日として覚え守っていたことを伺わせます。彼らが安息日毎に会堂に行ったのは伝道のためだったにすぎないという解釈もありますが、会堂がない町を訪れた場合も、「安息日に、私たちは町の門を出て、祈り場があると思われた川岸に行き、そこに腰をおろして、集まった女たちに話した」(使徒16:13)とあるように、彼らが安息日を祈りと説教に費やすべき日として理解していたことが記されています。
同じ使徒の働き16章3節には、使徒パウロは、父親が外国人だったテモテにもユダヤ人たちを意識して彼に割礼を受けさせたことが記録されています。
これは初代教会においてデリケートな問題でした。やがて異邦人から改宗したクリスチャンにも割礼を守らせるべきと考えるクリスチャンと、その必要はないとするパウロとの間に大きな論争が起こったことが新約聖書に記録されています。
もし使徒たちが安息日を廃して、聖なる日を他の日にしようとしたら割礼以上の大論争になって当然です。しかしそのことが何も記されていないことは、その変更が全く話題にされず、キリストも使徒たちもその変更について沈黙していることは、安息日が当然のこととして聖日として受け入れられ機能していたことの有力な証拠と考えられます。