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最初の災いが襲ったとき、ヨブは崇高な勇気を表しましたが(1:20〜22)、悲しいことに肉体的、精神的苦しみは休みなく続き、それらが彼の信仰を根底から揺さぶりました。
“生きたい”という思いは誰もが持つ強い本能です。ところがヨブは死ぬことを求め、生への絶望を示しました。彼は二度と幸せは期待できないと思いつめますが(7:7)、かといって自殺するでもなく、むしろ神が命を取ってくださるように乞いました。
ヨブは“なぜあなたは?”となおも神と議論しますが、神を捨てようとはしませんでした。私たちは返事をしてくれないとわかっている人と会話を続けるでしょうか。たいていの人は黙ってしまうか、自分から絶交することでしょう。しかし、ヨブは自分の創造主にしがみつき、離そうとしません。……神を失うことは彼にとって富を失うこと、あるいは子供や僕を失うことよりもはるかに痛手でした。
ジェラルド・ウイーラー『つむじ風の中の神』69 ページ
◆生きる価値がないと感じたことはありませんか。これほどの試練に試されるとき、どう解決したらよいのでしょう。
*本記事は、『聖書に見る偉大な祈り』からの抜粋です。