嗜好品の害
嗜好品は、栄養のためではなく、個人の自由で好みに応じて、食べたり飲んだりするものです。ヘロインやコカインなどの法律で禁止されているものは論外ですが、合法ではあっても、健康のためには害になるものから、有益な成分が含まれるものまでさまざまです。今回は、もっとも普及している嗜好品として、タバコ、お酒、そしてカフェイン飲料について考えてみましょう。
タバコの害(表1)
2005年2月27日、世界保健機関(WHO)が提唱した「たばこ規制枠組み条約」が発効しました。この条約では、喫煙による健康被害防止を目指し、全部で57か国が批准(ひじゅん)しました。5年以内にタバコの広告が原則禁止となること、有毒性を警告するタバコのパッケージ表示をより目立つ形にすることなどが求められます。
公共の場でタバコの煙にさらされないようにする受動喫煙対策や禁煙指導、未成年者が自動販売機でタバコを購入できないようにする措置などが柱となります。国内では、2003年5月に公共施設に受動喫煙防止の努力義務を定めた「健康増進法」が施行されましたが、今後はさらにタバコによる健康被害をなくすための努力が求められています。
その一方で、18歳ルーキー(野球の新人選手)が喫煙している写真が週刊誌に掲載され、球界に衝撃が走りました。受動喫煙の防止が叫ばれるようにはなりましたが、いまだに街中では歩きながらタバコを吸っていたり、吸ってはいけないと表示がある場所で平気な顔で喫煙している人が後を絶ちません。喫煙率が徐々に減少している中で、女性や未成年者の喫煙が増加しているという暗いデータもあります。
喫煙も受動喫煙もともに有害であることは、国際的に確認されています。特に、自分では喫煙しない周囲の人々に害を及ぼすという点では、受動喫煙は公害と言うべきものであり、はた迷惑な話です。
今後、「たばこ規制枠組み条約」の発効に伴い、有効に禁煙を推進していくためには、喫煙を個人の嗜好の問題にとどめず、社会問題として捉えることが必要となります。
表1 タバコの身体に与える影響 『健康日本21』から
喫煙者への影響
がん: 肺、喉頭、口腔・咽頭、食道、胃、膀胱、腎盂・尿管、膵臓
動脈硬化: 虚血性心疾患、脳血管疾患
妊娠関連: 低出生体重児、流産、早産など
その他: 慢性閉塞性肺疾患、胃潰瘍、歯周疾患など
受動喫煙の影響
肺がん、虚血性心疾患、呼吸器疾患(喘息など)、乳幼児突然死症候群など
お酒と健康(表2)
最近、少量の飲酒は健康によいと、ときどき耳にします。いわく、コレステロールを下げる、「善玉コレステロール」(HDL)が上がる、動脈硬化になりにくい、心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞になりにくくなる、などです。
1975年以降に100以上もの研究がさまざまな医学専門誌に発表されていますが、確かに機序は不明ながら少量の飲酒は心筋梗塞、脳梗塞、動脈硬化症、骨粗鬆(そしょう)症などの発症率を下げるようです。ただし同時にまた、リスクも大きいです。飲酒による交通事故は後を絶ちませんし、急性肝炎から肝硬変までの肝臓の病気はもちろん、女性では出血性脳梗塞になりやすいことや乳がんのリスクが上がることが知られています。
また、依存性がありますので、アルコール中毒になる危険もあります。過度の飲酒はさらに不整脈や拡張型心筋症、脳梗塞や脳出血の危険につながります[1]。
こうして考えますと、お酒がとてもだれにでもお勧めできるようなものではないことがわかります。コレステロールを下げるためにはよい薬もありますし、わざわざさまざまなリスクを冒してまでお酒を飲む必要はありません。特に中毒の危険を考えると、お酒については「君子危うきに近寄らず」が最適なのではないかと思います。
表2 禁酒すべき場合 American Heart Associationから
●アルコール中毒症または家族にアルコール中毒の人がいる場合
●高血圧症(血圧がコントロールされていない場合)
●高中性脂肪血症 ●心不全
●肝臓疾患 ●膵臓炎
●ポルフィリン症(遺伝子の病気) ●妊娠中
●お酒との相互作用を起こす薬を服用中など
カフェインと健康
体内のカフェインの効果としてよく知られているのは、主として中枢神経を刺激する、アドレナリンなどの血中濃度が上昇する、利尿作用(排尿を促進する)があるの3つです。したがって運動後にカフェインを摂取するのは脱水になりやすいことから勧められません。
最近、コーヒーの飲用で糖尿病やパーキンソン病、肝がんや大腸がんの発生リスクが軽減できるというデータが出てきていますが、糖尿病の方では、逆にインスリン感受性を低下させるために血糖コントロールが悪化するというデータもあります。
また、カフェイン入りのドリンクを飲んでいる子どもは、落ち着きのなさ、多動、注意力散漫が見られ、子どもの学習能力を低下させるという研究結果が2005年5月に発表されていました。実際、カフェイン摂取後、脳内血管が収縮して脳の血流量が減少することが知られていますし、少なくとも子どもにはお勧めできません。
カフェインが心臓病に関連があるかどうかさまざまな研究がされてきましたが、今のところどちらとも言えないようです。少なくとも、よほど多量に飲むのでなければ、健康に害はないとされていますが、カフェインには依存性があり、頭痛や倦怠(けんたい)感などの離脱症状が知られていますから、気をつける必要があります。
また、カフェインは胎盤を素通りして胎児にいきますし、母乳中にも分泌されるため、妊娠中や授乳中はカフェインを含む食べ物や飲み物は避けた方がよい、とされています。
節制・自制のすすめ
日本のある予防医学系の学会に出席した時に、休み時間になると多くのスーツ姿が喫煙所に流れていったのには驚かされました。予防医学に携わり、禁煙を推進すべき立場にあるはずの方々が、自ら喫煙しているわけですから、非常に暗澹(あんたん)たる気持ちになります。
タバコが世界中でもっとも強力な麻薬といわれていますが、これほど健康に害があるとわかっていてさえ、やめられない。医師として訓練を受けた人でさえそうなのです。
なぜでしょうか?
それだけタバコに強力な依存性があるのはもちろんですが、実はそれだけが理由ではありません。結局のところ、どんなことであれ自分の身体を健康に保つことは一種の鍛練とも言えます。タバコの他にも、飲み物、食べ物、運動など、ありとあらゆるところで、こうした方がよいとわかっていてもできないことがあります。
人の性(さが)とでも言いましょうか、自分のやりたいことをして、食べたいものを食べ、かつ健康でいたい、というところに問題があるのです。
聖書は「すべて競技をする者は、何事にも節制をする」と諭し、さらに「むさぼってはならない」と戒めていますが、実際、健康づくりを考える上で最大の敵は自分自身です。
自分自身の欲求をいかに律することができるかが、重要なカギになるのです。自分との戦いに負けることのないように、必要な助けを得、工夫しながら節制し、健康づくりをしていきましょう。
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[1] Wilson、JF、”Should Doctors Prescribe Alcohol to Adults?” Ann Intern Med、 2003;139:711-4
※この課のタイトルである“temperance”とは、もともと節酒・禁酒を意味する言葉ですが、NEW STARTプログラムを提唱したセブンスデー・アドベンチスト教会では、これを広義の意味で使い、「節制」と訳しています。
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