【エズラ記とネヘミヤ記】逆戻りした民【解説】#11

目次

この記事のテーマ

ネヘミヤ12章と13章の間に、ネヘミヤはバビロンに戻ります。どれほどの期間戻っていたのかはわかりませんが(たぶん紀元前430年から425年頃)、彼がエルサレムに帰ったとき、人々は逆戻りしていました。彼らは次の事柄を神と契約していましたが(第一に、偶像礼拝者と結婚しないこと。第二に、安息日を注意深く守ること。第三に、十分の一と献げ物によって神殿とその働き人の世話をすること)、これら三つの約束をすべて破っていたのです。

ネヘミヤが帰って来るまでに、彼らが神への献身においてとても怠慢になってしまったことがわかりました。人々は十分の一や献げ物をしなくなり、神殿の部屋をほかの目的のために使い始め、安息日を適切に守ることをやめ、周辺の異民族との結婚さえ再び始めていたのです。最悪なことに、イスラエルの人々と神との関係の衰退をもたらしたのは、ネヘミヤがあとに残した指導者たちでした。どれほど変わってしまったのかを知ったときに、ネヘミヤが衝撃を受けたのも驚くに当たりません。しかし、彼はそれを容認するのではなく、自分の良心が命ずる通りに、もう一度神の栄光のために行動しました。

神殿の腐った指導者たち

ネヘミヤ13章は、彼らの中にいたアンモン人やモアブ人の偶像礼拝者に対する憂慮で始まっています(ネヘ13:1~3)。これらの聖句は、ほかの国や民族の出身者で神に従っていた個人を追い出したことについて述べているのではなく、異なる信仰を持つ人たち(改宗者でなく、偶像礼拝者)を追放したことに言及しているのです(申23:3~6も参照)。

問1

ネヘミヤ13:1~9を読んでください。エルヤシブとトビヤとは、だれのことですか。彼らのしたことは、なぜ許されなかったのですか(ネヘ2:10、19、3:1、12:10、22、13:28参照)。

エルヤシブもトビヤも、ネヘミヤ記の中ではよく知られた人物です。エルヤシブはイスラエルの民の大祭司であり、神殿の責任者でもありました。トビヤは、エルサレムにおけるネヘミヤの働きに強く反対したアンモン人の敵として言及されています。エルヤシブとトビヤの「縁」は、婚姻によって築かれた関係を意味するようです。

姻戚関係の記録は残っていませんが、私たちは、トビヤというのがユダヤ人の名前(「主は恵み深い」という意味)であることを知っており、それゆえ十中八九、彼はユダヤ人の背景を持つ家庭の出身者でした。彼の妻の家族は、(身元不明ですが)アラの子孫で〔ネヘ6:18〕、エルヤシブの家族と関係があったと信じられています。加えて、ネヘミヤのもう1人の敵であったホロニ人サンバラトには、エルヤシブの孫息子と結婚した娘がいました。それゆえ、ネヘミヤを取り巻く陰謀の輪は、厳しいものであったに違いありません。この土地で最も地位の高い役人たちが関係し、ネヘミヤの指導に対抗して手を組んでいたからです。

長官が不在の間に、大祭司は神殿の一室をトビヤに与えました。それは、十分の一、献げ物、礼物などを納めるために指定された部屋でした。トビヤは神殿に永住することを認められたのですが、それはイスラエルの民の指導者の1人として彼の地歩を固める方法でした。ネヘミヤの敵たちは、遂に彼らがずっと望んでいたこと(ネヘミヤに代わって自ら主導権を握ること)を実現したのです。幸いなことに、ネヘミヤは傍観したまま何もせずにいるつもりではありませんでした。

耕地にいたレビ人

問2

ネヘミヤ13:10~14を読んでください。ネヘミヤはここで何を修復しようとしていますか。

詠唱者、門衛ほか、神殿の奉仕者たちは、家族を養うために各自の耕地に逃げ帰って働かざるをえませんでした。なぜなら、神の働きに支援が得られなくなっていたからです。苦労して設けた十分の一と献げ物の制度全体が、今や崩壊していました。ネヘミヤはもう一度やり直さねばなりませんでした。部屋からすべての物を外に投げ出す行為は、彼の必死な心をあらわしています。

「神殿が汚されたばかりでなく、捧げ物も誤って用いられた。そのために人々は、惜しみなく捧げることをしなくなった。彼らは熱心さと熱情を失い、10分の1を出ししぶった。主の家の倉には、わずかしか物がなかった。歌うたう者たちや、宮の務めをするために雇われていた多くの人々は、十分の物が与えられずに、神の働きをやめて他のところで働くために去って行った」(『希望への光』634ページ、『国と指導者』下巻270ページ)。

ユダの人々が再びみんなで協力し合い、壊されたものを立て直す姿を見るのは、とても興味深いところです。人々は、トビヤやエルヤシブに対抗するネヘミヤの味方でした。なぜなら彼らは、ネヘミヤが彼らのために可能なあらゆることをしてくれたことに気づいていたはずだからです。それに加えて、ネヘミヤは神殿の貯蔵室の管理者の地位を、忠実で信頼できると思える人たちにゆだねました。彼らは、十分の一や献げ物を集め、さまざまな物をきちんと保管し、ふさわしい関係者にその資源を分配する任務を与えられました。言い換えれば、ネヘミヤはやって来るなり、あたかも一つかみで腐敗した指導体制を引っこ抜いたのです。

ネヘミヤは神殿組織の上に忠実な男たちを任命しましたが、腐敗した大祭司のエルヤシブはその地位を失いませんでした。なぜなら、それはアロンの祖先を通じて継承されたものだったからです。神殿における彼の働きは、大祭司のいくつかの職責の上にほかの人を任命するというネヘミヤの対策によって、不自由になったかもしれません。しかし、彼は依然として大祭司でした。

十分の一と献げ物

ネヘミヤの神殿奉仕の改革には、十分の一と献げ物の実行も含まれていました。

問3

民数記18:21~24、マラキ3:10、マタイ23:23、Ⅰコリント9:7~14、Ⅱコリント9:6~8、ヘブライ7:1、2を読んでください。これらの聖句は、神殿の務めにおいてだけでなく、現代にとっても、十分の一と献金の大切さについて、どのようなことを教えていますか。

十分の一と献げ物を集めることなくして、神殿は機能しません。十分の一が止まったとき、神殿の務めは崩壊し、礼拝制度全体が危機にさらされました。神殿の働き人が家族を養うための仕事を見つけようと出て行ってしまったので、神殿の世話をすることに集中できなくなり、結果として、神の礼拝は衰退しました。

「十分の一献金制度はその単純さにおいて美しいのです。富める者にも貧しい者にも、分に応じた献金で、公平です。神がお与え下さったものに比例してお返しするのです。

十分の一献金を求められたとき(マラキ3:10)、神は特別に慈善とか感謝のささげものを訴えてはおられません。感謝や喜びはわたしどもが神におささげするあらゆる表現の大事な一部ですが、十分の一献金の場合は、神がそれをお命じになっているからささげるのです。十分の一献金は主に属します。そして、神はこれをお返しするよう、わたしたちに求めておられるのです」(『アドベンチストの信仰』468ページ)。

イスラエル人の神殿で起こったことと同じように、私たちの教会は、教会員の十分の一と献金という支えがなければ、崩壊します。私たちの教会の働きは、質の高い伝道、計画、神のための教会運営に時間をつぎ込むために給料を支払われる人々がいなければ、機能しなくなります。神への礼拝も、質が低下するでしょう。しかし何よりも、十分の一と献金がなければ、伝道が存在しなくなります。

さらに、私たちが十分の一をお返しするのは、神が聖書の中でこの制度を設けられたからです。神が何かを創設される理由を説明なさる必要のない時があります。神は私たちに、神がすべてを掌握していることを信じてほしいと期待なさっています。私たちは、この制度がいかに機能するのかを知り、そのことに関する知識を持つべきですが、そのあとは神の御手におゆだねすべきです。

安息日に桶の中でぶどうを踏む

問4

ネヘミヤ13:15、16を読んでください。ネヘミヤがここで対処している問題は何ですか。

あなたが少数派のとき、神を支持することは容易ではありません。いかなる仕事もしないで、安息日を聖い日としなければならない、と神が言われたので、ネヘミヤは、この掟がエルサレムできちんと守られるようにしようとしました。間違いなく彼は、道義的責任を感じてあのような立場を取り、その責任に基づいて行動したのです。

安息日は創造週の頂点として設けられました。安息日は、職業やそのほかの世俗的働きに携わっている中ではできない形で神と時間を過ごすことによって、人々が新たにされ、再創造されるための特別な日だったからです。

「イスラエルが安息日を守ったというより、安息日がイスラエルを守ったのだ」と言われてきました。要するに、第七日安息日は、それを神の恵みによって守り、それが提供する肉体的、霊的恩恵を享受する人たちの信仰を生き生きと保つ助けとなる有力な手段であった(そして今でもそうである)ということです。

問5

ネヘミヤ13:17~22を読んでください。安息日に「売り買い」をやめさせるために、ネヘミヤはどのようなことをしましたか。

ネヘミヤはユダの長官なので、自分の役割が規則を実施することだとみなしています。ユダの規則は神の律法に基づいていたので、彼は安息日を含む神の律法の番人になりました。もしユダの貴族たちが大祭司によって持ち込まれた腐敗に立ち向かっていたなら、ネヘミヤはこのような状況に身を置くことはなかったかもしれません。しかし役人や貴族たちは、たぶんネヘミヤをすでに恨んでいました。以前、彼によって貧しい人たちへの負債の免除などをさせられたからです。それゆえ彼らは、エルヤシブとトビヤが持ち込んだ変更に異議を唱えなかったようです。

ネヘミヤはまず貴族たちを非難し、城門の扉を閉めて部下を置き、それらを守るように命じました。市場が町の中から外へ単に移されると、彼はさらに強硬な方策を講じ、次の安息日には処罰する、と商人たちを脅しました。ネヘミヤは有言実行の人であったに違いありません。なぜなら、商人たちは了解して、それ以来、来なくなったからです。

あなたたちの先祖がそのようにしたから

安息日に対するネヘミヤの熱意は、称賛に値します。彼は安息日を正しく守ることに熱心だったので、異国からの商人たちを「処罰する」とさえ警告しました。言い換えれば、ネヘミヤは、もし安息日に町の中や城門の扉の近くで彼らを再び捕らえたなら、個人的に介入していたことでしょう。彼は長官として、この命令がきちんと守られるようにする職務上の責任を負っていました。

「ネヘミヤは彼らが義務を怠ったことを、恐れることなく譴責した。彼は厳しく責めた。『あなたがたはなぜこの悪事を行って、安息日を汚すのか。あなたがたの先祖も、このように行ったので、われわれの神はこのすべての災を、われわれとこの町に下されたではないか。ところがあなたがたは安息日を汚して、さらに大いなる怒りをイスラエルの上に招くのである』(ネヘミヤ13:17、18)。

『そこで安息日の前に、エルサレムのもろもろの門が暗くなり始めた時』、ネヘミヤはそのとびらを閉じさせ、安息日が終わるまでこれを開いてはならないと命じた。そして彼は、エルサレムのつかさたちが任命する者よりも、自分のしもべたちを信用していたので、彼らを門においてこの命令を実施させた(同13:19)」(『希望への光』634ページ、『国と指導者』下巻271ページ)。

安息日の冒瀆に関するネヘミヤの警告は、安息日を犯すことに関するほかの警告とともに、どうやら時代を超えてイエスの時代さえも映し出していたようです。そのことがわかるのは、四福音書が安息日の正しい順守に関して宗教指導者ともめるイエスを描いているからです。

問6

マタイ12:1~8、マルコ3:1~6、ルカ6:6~11、ヨハネ5:5~16を読んでください。ここでの問題は何でしたか。古代イスラエルの歴史に対する理解は、この争いが起こった理由を説明するのにいかなる助けとなりますか。

いかに見当違いであろうと、この宗教指導者たちは、安息日が「汚され」ないようにしようとする熱狂的な熱意を持っていたので、「安息日の主(ルカ6:5)」であるイエスを、安息日を犯したとして非難しました。良いことも度が過ぎるとは、まさにこのことです!皮肉なことに、このような人たちの多くは律法に対する大きな懸念を口にしましたが、彼らはその「律法の中でもっと重要な、公平とあわれみと忠実」(マタ23:23、口語訳)を忘れていたのです。

さらなる研究

参考資料として、『キリストへの道』の「主にある喜び」の章を読んでください。

「彼が人々の前に神の命令と警告とを示し、この罪そのもののゆえに過去においてイスラエルに下った、恐るべき刑罰を示した時に、彼らの良心は目覚めて改革の働きが起こり、警告を発せられていた神の怒りは取り去られ、神の嘉納と祝福が与えられたのである。

聖職についていた者の中には、異邦の妻と別れることができないと言って、彼らのために嘆願する者もあった。しかし特別の措置は与えられなかった。階級や地位に対する考慮は払われなかった。祭司やつかさたちのうちで偶像礼拝者との離別を拒んだ者は、直ちに主の奉仕から引き離されたのである。悪名高いサンバラテの娘と結婚した大祭司の孫は、職を解かれただけでなく、直ちにイスラエルから追い出された。『わが神よ、彼らのことを覚えてください。彼らは祭司の職を汚し、また祭司およびレビびとの契約を汚しました』と、ネヘミヤは祈った(ネヘミヤ13:29)」(『希望への光』635ページ、『国と指導者』下巻273、274ページ)。

*本記事は、安息日学校ガイド2019年4期『エズラ記とネヘミヤ記─忠実な指導者を通して神がなしうること』からの抜粋です。

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会新共同訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
『口語訳』 ©︎日本聖書協会 
『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

よかったらシェアしてね!
目次