自己紹介
わたしの名前はフォディダス・ダミュヌガーベです。わたしはカリフォルニア州にあるウィーマー大学の神学部で教えていますが、もともとは東中央アフリカの、非常に小さな国であるルワンダから来ました。結婚していて、妻と3人の男の子がいます。
神の救いがなければ、この話を伝えることはできませんでした。だからこそ、わたしはこの話のタイトルを「墓からの説教」にしたのです。
これから話すわたしの証を見れば、感謝している理由がはっきりとわかるはずです。
さて、わたしがこれから語るのは、27年前の1994年、ルワンダで起こった大虐殺の際の、わたし自身についての物語です。
わたしの物語と言いたいところですが、実際には、わたしという人間をイエスさまがどのようにして救われたのかという、キリストの素晴らしい物語でもあります。
聖書にある多くの物語と同様に、これからわたしがみなさんとシェアする物語も、神さまのみ業についての話となっています。
祈りの結果
今日のルワンダはだれもが何不自由なく行き来することができる、とても美しく、平和な国の一つです。
福音が宣べ伝えられており、毎日、何千人、何万人もの人々がイエスに命をささげています。
しかし、27年前のルワンダは、今とはまったく逆の状況で、敵意を煽った政治家により、主要な二つの部族である、フツ族とツチ族は、お互いに憎み合っていました。
その憎しみはついに、フツ族による、ツチ族の虐殺へと至ります。わずか3か月以内に、100万人以上が殺されました。その時、わたしは、ルワンダに住んでおり、その渦中へと放り投げられました。
当時のわたしは22歳で、教会で長老という役目についていました。伝道プログラムに携わり、多くの講演会で、説教をしてました。
みなさんは、「祈る内容に注意しなさい」とだれかに言われたことはありますか?
神さまはわたしたちの祈りを聞いてくださっています。だからこそ、祈ったことがわたしたちが予想もしないかたちで応えられるため、祈る内容に気をつけなさいというのです。
その当時のわたしは、旧約聖書に出てくるエリヤのようになりたいと思い、そう願って祈ったことが何度もあります。エリヤの生涯がどのようなものだったか想像もせず、ただ、カラメル山で天から火を下すように祈ったエリアになりたくて、そう祈ったのです。
そのような祈りが、どのような結果をもたらすことを考えもせず、ダニエルやダビデのようになりたいとも、祈っていました。
その結果としてわたしは、神さまの奇跡の体験をしましたが、できればそのような経験はしたくありませんでした。
ただ、神は目的を持って、わたしの命を救われました。神はすべてを支配なさっておられ、わたしはその偉大なる神の証人であるので、わたしが体験したすべてのことをみなさんに伝えたいと思います。
惨劇の始まり
さて、前置きはさておき、大虐殺が始まったのは木曜日の朝でした。
ルワンダは丘陵地帯ですから、どこを見ても山が見えます。そのため、わたしの住むわたしの丘から、隣の丘の様子をがよく見えました。
人々が家から連れ出され、並ばされ、立たされたまま、子どもたちを含む家族全員がが一斉に撃たれるのを目撃しました。
あなたが想像する以上のことが起こったのです。フツ族はツチ族を殺すために、すべての家の中に入って行きました。人々は嘆き悲しみました。
このとき、わたしは、友だちと一緒に祈ることにしました。最悪な状況下にいても、祈ることを学んだのです。
「こんな危険な時に何やってるんだ? 早く逃げてなさい!」と思う人もいることでしょうが、そうすることに決めたのです。
偽りたくない
ルワンダ国民には身分証明書が与えられ、それにはわたしたちがそれぞれどの民族に所属しているかが示されていました。
したがって、あなたがツチ族である場合、その身分証明書をもとにして、フツ族はあなたを殺すのです。
「身分証明書を破棄すればいいのでは?」と友人たちは言いましたが、「嘘をつくつもりはない」と断りました。
わたしは神の言葉から、嘘をつくことは罪であることを学んでいたのです。
ヨハネの黙示録14章5節には次のようにあります、
彼らの口には偽りがなく、彼らは傷のない者であった。黙示録14:5(口語訳)
最後に勝利するのは、嘘をつかなかったものであると聖書は言っているのです。
また、詩篇15篇1節から3節にも、このように書かれています。
主よ、あなたの幕屋にやどるべき者はだれですか、あなたの聖なる山に住むべき者はだれですか。直く歩み、義を行い、心から真実を語る者、 その舌をもってそしらず、その友に悪をなさず、隣り人に対するそしりを取りあげず……
詩篇15篇1―3節
それゆえに、わたしは身分証を携帯していることが、死を意味しても嘘をつかないと決心したのです。そして、身分証明書を捨てずに、友人と一緒に祈りました。
神の方法
ある土曜日の朝、わたしは仲間にこのような困難な時であっても、神はまだ支配されており、彼らの命を守ることができ、何が起こっても神はわたしたちを愛しておられると、聖書とエレン・ホワイトの『各時代の大争闘』の「大いなる悩みの時」という章から説教しました。
そして仲間と祈っている最中に、民兵が家の周りを取り囲み、ドアをノックしてきたのです。彼らは剣やナイフ、銃を持ち、武装して入ってきました。
彼らはわたしたちに身分証明書をみせろと命令します。身分証明書を持っているものはみな、彼らの命令どおり、それを手に持ち、掲げました。彼らがわたしのものをチェックした時、彼らは、「お前はツチだ!」と言い、わたしを殺そうとしたのです。
その時、わたしは神が命を守ってくださると信じて祈り、すぐに聖書を取り、民兵の顔を見ながらこう言いました。
「そのIDにはツチ族と書かれていますが、わたしは天国の市民です」。
民兵は怒り、わたしの聖書を奪い、それを投げ捨て、踏みにじりました。
神さまがわたしのために戦ってくださると思ったので、そうしたのですが、状況は悪化しました。わたしは神が民兵に何かをするのを待ちました。神は何は動かれません。
「主よ、あなたは今、これらの殺人鬼の前で何もなさらないのですか? あなたの名誉は傷つけられています。軽蔑され、馬鹿にされてもいいのですか?」とわたしは心の中で叫びました。すると、不思議なことが起こったのです。
リーダーの男が、わたしを殺せと仲間に命じ、彼らはわたしの頭の上にナイフを振り上げました。彼らは大声で叫び、怒ってナイフを振り回しましたが、だれもわたしを殺すことをしませんでした。そして最後には、「今、お前を殺すつもりはない。明日、警官にお前を殺すように伝える」と言って、出ていったのです。
彼らはすぐにでもわたしを殺すことができました、しかし、わたしを殺すことはありませんでした。実際、民兵の一人は、わたしの頭を2回、鋭いナイフで非常に強く叩きました。しかし、何も起こらなかったのです。
彼らがいなくなった後、わたしは自分の頭を触って、血が出ているかどうかを確認しましたが、傷などありませんでした。まったく予期しない方法で事が進んだことで、神がわたしたちの戦い方で戦うわけではないことがわかりました。神がすべてを支配してくださったことに感謝します。
その時、民兵は帰りましたが、またすぐに戻ってきました。彼らは今まで非常に多くの人を殺してきたのですから、わたしもそうなる運命なのでした。
数日後、柵の向こうに、彼らが来るのを見たわたしは家の裏手から逃げ、柵を飛び越えました。しかし、彼らに囲まれてしまいます。
彼らはナイフを持って、「地面に伏せろ!」と命令しました。民兵のリーダーがそばに来て、ナイフをわたしの喉元に置き、「今から、お前を殺す」と言い放ったのです。
その時、持っていた聖書を持ち上げ、「罪のない血を流さないでください」と言ったのを覚えています。
兄弟姉妹のみなさん、もしかしたら実感がないかもしれませんが、神のみ言葉は何千人もの兵士にもまさります。み言葉は強力な武器なのです。
わたしがそう言った時、彼は怒って、叫びました。
「あなたは祈る姿をわたしに見せつけ、誇るのか!」。
「いいえ、そうではありません。」とわたしが言っても、彼は怒って叫び狂いましたが、結局、わたしを殺すことはしませんでした。
そればかりか、しばらくすると、彼はわたしを家に帰してくれたのです。家に帰りましたが、終わりではありませんでした。それは、ほんの始まりに過ぎなかったのです。その後も、何度も苦しい思いをしました。