ローマへの旅【使徒言行録―福音の勝利】#13

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パウロは、ローマを訪問したい、と長らく願ってきたのですが、エルサレムでの逮捕が状況を一変させました。エルサレム教会の指導者たちの律法主義的圧力に屈したことで、イタリアへの船旅に費やした時間も含めてほぼ5年間、彼はローマによって監禁されることになったのです。この変化は、彼の宣教計画にとって深刻な打撃を意味しました。

このような妨げにもかかわらず、イエス御自身は、使徒がローマで主についてあかしをするだろう、と約束なさいました(使徒23:11)。神は、私たちが神を失望させるときでさえ、もう一度チャンスをくださいますが、私たちの行動の結果から、必ずしも私たちを免れさせてはくださいません。パウロは囚人としてローマに連れて行かれたばかりか、彼が望んでいたようにスペインに行った(ロマ15:24)という聖書の証拠もありません。ローマによる第1回監禁として知られるものから解放されたのち、パウロは再び逮捕され、今回は皇帝ネロの下で殉教しました(IIテモ4:6〜8)。西暦67年のことです。

しかしパウロは、確かにローマにたどり着き、皇帝の前で裁かれるのを獄屋としての自宅で待つ間、鎖につながれてはいたものの(エフェ6:20、フィリ1:13)、皇帝一家の重要人物を含め(フィリ4:22)、だれが訪問して来ようと妨げられずに語ることができました(使徒28:30、31)。

ローマへの航海

およそ2年間、カイサリアで監禁されたのち(使徒24:27)、パウロはローマへ送られることになりました。イタリアへの長く、大荒れの船旅を説明するために、ルカが一人称複数形と細かい描写を用いていることから判断して(同27:1〜28:16)、彼は、アリスタルコというもう1人のクリスチャンと同様(同27:2)、パウロに同行していました。その物語におけるもう1人の重要人物は、ローマの百人隊長ユリウスで、彼はほかの囚人たちも監督していました(同27:1)。

彼らが出発したのは、夏の終わりでした。使徒言行録27:9「断食日」は、10月後半の贖罪日を指しています。冬の気象条件のために、地中海の船旅は、通常、11月から3月までは避けられていました。しかし今回、彼らは最初から困難に直面し、ひどく遅れてようやくクレタ島の「良い港」と呼ばれる小さな湾に着いたのでした(同27:8)。

使徒言行録27:9〜12を読んでください。パウロの警告は無視され、一行は別の港(フェニックス)に向かってさらに65キロほど西へ航海することにしました。その港では、冬を安全に過ごせたからです。ところが不幸なことに、天候の急変で彼らは激しい嵐につかまってしまい、船員たちは風にまかせて南西へ、クレタ島から遠ざかるように流されるしかありませんでした。やがて、彼らは積み荷を海に捨て始めましたが、水がすでに船内へ入り込んできていたので、半狂乱で船を軽くしようと努める中、船具も捨ててしまったのです。状況は劇的でした。わずかな太陽の光、乏しい視界、激しい雨、吹き荒れる風が数日続いたのち、自分たちの居場所もわからず、彼らはすっかり疲れ果て、「ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた」(使徒27:20)のです。

問1

使徒言行録27:21〜26を読んでください。物語の中で、パウロは次にどのように口を出しましたか。

パウロは預言の言葉で、神から受けたばかりのメッセージを船員たちに告げました。落胆する理由も、希望を失う理由もない。危険や損失はあるものの、全員が生き残る、というメッセージでした。

難破

物語の中でパウロが二度目に口を出したとき、彼は、乗船していた全員—全部で276人(使徒27:37)—に、すべてが無事という結果にはならないが、犠牲者は出ない、船が沈むだけだ(同27:22)、と断言しました。14日後、使徒の言葉はそのとおりになりました。嵐はまだひどく、船は完全に漂流していましたが、船員たちは陸地に近づいているように感じたのです(同27:27)。もしかすると、砕け散る波音が聞こえたのかもしれません。船が海岸沿いの岩に激突するのを恐れながら水深を測り続けたあと、彼らは減速させるために四つの錨を船尾から降ろしました。その間、彼らは自分たちの神々に、夜が明けるのを必死に願い求めたのでした(同27:28、29)。

問2

使徒言行録27:30〜44を読んでください。どのような教訓がありますか。

旅の初めから、百人隊長はパウロを親切に扱いましたが、航海に関する使徒の判断を早々に信じる理由がありませんでした。しかし2週間後、状況は変わりました。パウロは、今や起ころうとしていた難破に関する彼の預言的干渉によって(使徒27:21〜26)、百人隊長をすでに信服させていたのです。

パウロは乗船者たちに、食事をするように勧めました。さもなければ、泳いで岸にたどり着く力が得られなかったからです。神の摂理は、私たちが通常なすべきことから、必ずしも私たちを免れさせはしません。「この物語の最初から最後まで、人々の安全に対する神の保証と、それを確実なものとするための関係者の努力との間に、良いバランスが保たれ続けている」(デイビッド・J・ウィリアムズ『使徒言行録』438ページ、英文)のです。

朝が近づくにつれ、船員たちの目に陸地が見えてきました。砂浜のある入り江で、彼らはそこに船を乗り入れることにしました。しかし、船は砂浜まで達しませんでした。その代わりに、砂州にぶつかり、波の力でばらばらに壊れてしまったのです。兵士たちは、囚人たちが逃げないように殺そうとしましたが、百人隊長によって止められました。それはパウロを思ってのことでした。結局、神が約束しておられたように、1人として命を失う者はいませんでした。

マルタ島で

難を逃れた者たちは岸へ着くと、自分たちがマルタ島にいるとわかりました。それは地中海の中央にある小さな島です。風の力にまかせて海を漂った2週間で、彼らはクレタ島の「良い港」から760キロほど進んでいました。彼らは、旅を続けるまでに3か月間(使徒28:11)、冬が過ぎるのを待たねばなりませんでした。

問3

使徒言行録28:1〜10を読んでください。マルタ島で、どんなことがパウロに起きましたか。神は彼をどのように用いられましたか。

マルタ島の住民はとても友好的かつ親切で、ずぶぬれで凍えていたパウロとその一行のために、まず火をたいて、彼らを温めてくれました。この時期のマルタ島の気温は、摂氏10度を越えることがありません。

蝮の出来事は、人々の注意をパウロに引きつけました。最初、地元の異教徒たちは、彼が噛まれた事実を神の懲罰とみなしました。彼らは、パウロが人殺しであり、なんとか溺死は免れたものの、神々によって、たぶん正義と復讐の化身であるギリシアの女神ディケーによって、捕らえられているのだ、と考えたのです。しかし使徒が死ななかったので、彼は、数年前にリストラでそうされたように(使徒14:8〜18)、神として称賛されました。ルカはこの出来事について長々と記してはいませんが、たぶん、パウロがこの機会を利用して、自分のお仕えする神についてあかししたと考えて間違いないでしょう。

プブリウスは、マルタ島におけるローマの代官か、地元の要人でしたが、パウロとその一行が長く住める場所を見つけるまで、3日間、彼らをもてなしました。いずれにしても、この男の父親をいやしたことで、パウロはマルタ島の島民の間で医療伝道のようなことに携わる機会を得たのでした。

ルカの記事の中には、パウロがマルタ島を去るとき、1人の改宗者も、いかなる教会員も残したとは書かれていません。そのような省略は、まったく偶然かもしれませんが、世界における私たちの宣教は、バプテスマや教会の設立を超えるという事実、それには人々と彼らの必要に対する気遣いも含まれているという事実を示しています。これは福音の実際的な側面です(使徒20:35参照、さらにテト3:14と比較)。

パウロ、ついにローマへ

マルタ島での3か月後、パウロとその一行は、旅を再開できることになりました(使徒28:11)。彼らはプテオリ(現在のナポリ湾内のポッツオーリ)に到着し(同28:13)、そこからローマへ陸路を旅したのでしょう(同28:11〜16参照)。

パウロが近くまで来たという知らせは、すぐにローマに届き、信者の一団が彼を歓迎するために数十キロ南までやって来ました。パウロはローマへ来たことがありませんでしたが、この町には彼の友人がたくさんいました。共労者、改宗者、親戚など、彼にとってとても大切な人たちです(ロマ16:3〜16)。アッピア街道での対面は、難破があったことやパウロが今や囚人であることを特に考慮すれば、とても感動的であったに違いありません。愛する友人たちがこのような愛と思いやりを比類ない形で示してくれた結果、使徒は神に感謝し、深く勇気づけられました。皇帝の前で裁判を受けることになっていたからです。

フェストゥスは公式報告書の中で、ローマ法によれば、パウロは死罪に相当するようなことを何もしていない、と書いたに違いありません(使徒25:26、27、26:31、32)。恐らくこのことが、なぜパウロが通常の刑務所や軍事施設へ送られず、(ローマの流儀に従って、常時、鎖で兵士につながれてはいたものの)自分の借家に住むことを許されたのかを説明しています(同28:30)。それが自費であったということは、彼が自分の生業を営めたということを意味します(同18:3)。

使徒言行録28:17〜22を読んでください。パウロは会堂へ行くことができませんでしたが、会堂の人たちは彼のもとへ来ることができました。そこで、パウロはローマへ到着するとすぐに、まずユダヤ人のところへ行くという自分の方針に従って(ロマ1:16)、地元のユダヤ人指導者を呼び集めました。彼の無実を述べ、かつて行ったように、逮捕された理由がイスラエルの希望以外の何物でもないことを説明するためでした(使徒23:6、24:15、26:6〜8)。パウロの目的は、自己弁護をすることではなく、むしろ彼が福音を説き、いかにイエスの復活がイスラエルの先祖からの希望の成就であったかを示せる信頼感を生み出すことでした。驚いたことに、ユダヤ人たちはパウロについてエルサレムから何の情報も受け取っておらず、彼の話を聞くことにしました。

福音の勝利

設定された日に、大勢のユダヤ人が、福音に関するパウロの説明を聞くためにやって来ました(使徒28:23)。

使徒言行録28:24〜31を読んでください。引用したイザヤ6:9、10は、人々が神のメッセージを受け入れるのを拒んだときに起こることを描写しています。ユダヤ人のある者は信じましたが、ほかの者は信じませんでした。それゆえ、この大きな言い争いのために、使徒は今一度、異邦人に目を向けざるをえませんでした(使徒13:46、47、18:6)。

パウロは、皇帝による裁判を受けるために2年間、待たねばなりませんでした。その間、パウロは獄屋としての自宅に軟禁されていましたが、彼を訪問する人たちには、何の妨げもなく福音を伝えることができました。使徒言行録の最後の場面は、福音の勝利を強調しています。ユダヤ人の力であれ、ローマ人の力であれ、福音の進展を止めることができなかったからです。

ルカがなぜこの時点で彼の書巻を書き終えたのかは、はっきりしません。パウロに対する告訴の脆弱さのせいで、彼がこの監禁から解放されてさらなる伝道旅行に出かけ、再びローマへ連れ戻されて処刑されたという証拠があるからです(IIテモ4:6〜8)。たぶん、ルカの執筆目的の視点からすれば、遠いローマでさえ宣教がなされたことで、福音はすでに「地の果て」(使徒1:8)に至ったのでしょう。

「長い間の不正な留置の間中、パウロが示した忍耐と快活と勇気と信仰は、不断の説教となった。パウロの精神は、この世の精神と全く違っていて、地上の力よりももっと偉大な力が彼の中にとどまっていることをあかしした。そして彼の模範によって、クリスチャンたちは、みわざ—その公の活動からはパウロはすでに身をひいていたけれども—の唱道者として、より大きな働きへとかりたてられた。このように使徒のなわめの影響力は大きかった。彼の力と有用さとが断ち切られたように見え、どう見ても何もできそうもない時に、パウロは全く自分がしめ出されたように見えた地からキリストのために、麦束を集めるように魂を集めたのである」(『希望への光』1532ページ、『患難から栄光へ』下巻156ページ)。

教会の宣教という観点からすれば、使徒言行録と福音を広める歴史はまだ終わっておらず、私たち1人ひとりが役割を担うのはそこにおいてである、と言うことができます。何世紀にもわたって、さらに刺激的で劇的な多くの章が、時には神の忠実なあかし人たちの血によって、書き加えられてきました。今や私たちが新たな1章を、(望むらくは!)最後の1章を加え、イエスが弟子たちに託された使命を完結させる番です。「それから、終わりが来る」(マタ24:14)のです。

さらなる研究

「キリストは教会に神聖な責任をお与えになった。教会員はそれぞれ、神がその恵みの富と、計り知れないキリストの富とを世にお伝えになる器とならねばならない。世の人々に、キリストのみたまと品性をあらわす器ほど、キリストが望んでおられるものはない。人間を通して救い主の愛があらわされることほど、世が必要としているものはない。全天は、神がキリスト教の力をあらわすことがおできになる男女を待っている」(『希望への光』1585ページ、『患難から栄光へ』下巻308ページ)。

「奉仕の精神が教会全体にゆきわたって、教会員が残らず各々の才能に応じて主のために働くのを、神は長いあいだ待っておられる。福音事業の任命を完成するために、神の教会の会員が、光の必要な自国や外国の伝道地で、それぞれ定められた働きをするならば、まもなく全世界に警告がゆきわたり、主イエスは力と大いなる栄光をもってこの世にもどってこられるのである」(『希望への光』1397、1398ページ、『患難から栄光へ』上巻116ページ)。

*本記事は、安息日学校ガイド2018年3期『使徒言行録』からの抜粋です。

聖書の引用は、特記がない限り日本聖書協会新共同訳を使用しています。
そのほかの訳の場合はカッコがきで記載しており、以下からの引用となります。
『新共同訳』 ©︎共同訳聖書実行委員会 ©︎日本聖書協会
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『新改訳2017』 ©2017 新日本聖書刊行会

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