この記事のテーマ
最も美しく、最も力強い執り成しの祈りの一つがダニエル9章に見られます。年老いたダニエルはここで、何十年にも及ぶ捕囚の後にイスラエルが回復されるように神に熱心に嘆願しています。各節はダニエル自身の罪と「わたしの民イスラエルの罪」(ダニ9:20)の告白になっています。ダニエルの祈りは神の恵みと憐れみの必要をよく表しています。聖なる神と罪深い人間との間の隔たりはただメシアによってのみ埋めることができます。彼は人となられた神であり、人間と神とを隔てる罪の淵に橋を架けることのできるただひとりのお方でした。
ダニエル9章が旧約聖書の中で最も力強いメシア到来の預言をもって終わっているのはそのためです。ダニエルはイスラエルの政治的、物理的回復を願っていましたが、この預言は罪深い人間を聖にして罪のない神に回復するお方の来臨について述べています。この章の中に私たちはイエスを見ます。イエスのあがないの御業は彼が人となられる500年以上も前に預言されていました。
ダニエルの祈り
問1
ダニエルの祈りの動機、祈りの性質、祈りの背景を調べましょう。ダニ9:1~3
赦しを求める公同の祈りの中では、預言者は仲介者としての役割を果たし、しばしば自分自身を民と同一視しています。大別すると、ダニエルの祈りは神への賛美と告白(ダニ9:4~11)、刑罰が正当なものであるという認識(11~14節)、神がエルサレムから民を赦してくださるようにという嘆願(15~19節)からなっています。
問2
ダニエルは民に代わり、どんな特殊な罪を告白しましたか。ダニ9:5、6、11
赦しを求める嘆願には神の偉大さをたたえる言葉が続いています。神は偉大で、畏(おそ)るべきお方、正しく、憐れみと赦しに富むお方(ダニ9:4~7、9)、またご自分の民と結ばれた契約に忠実なお方という点です。それゆえに、ダニエルは喜んで恵みの御座に近づき、赦しを求めることができました。罪人が告白と悔い改めに導かれるのはキリストにおいて完全に現された神の慈愛のゆえです。ダニエルの願いは自分自身や人間的な行いにではなく、ただ堕落した人間に対する神の愛と恵みにあることをこの祈りは教えています。この祈りの終わりに、天使ガブリエルがダニエルに現れて説明します。祈りのどこにもダニエル自身、説明を求めていません。それにもかかわらず、彼の祈りにこたえてガブリエルがやって来て、ダニエルに説明しています。ガブリエルは何について説明したでしょうか。
8章と9章を結ぶもの
問3
ガブリエルはダニエルに「理解させよう」として来たことを告げました。何についての理解でしょうか。捕囚のことでないのは確かです。ダニ9:26、27
ダニエルが最後に悟りを必要としたのは、ダニエル8:14の幻に関してでした。彼はダニエル8:26、27で、同14節にある2300の「夕と朝」(口語訳)についての幻を理解しなかったと言っています。今ガブリエルが特別にダニエルに悟りを与えるために訪れます(ダニ9:24~27)。
ヘブライ語によれば、ダニエル8章と9章のつながりが明らかになります。ダニエルは8章の「幻」に関して2種類のヘブライ語を用いています。ひとつは1節の「わたしダニエルは先にも幻〔ハゾーン〕を見た」、もうひとつは26節の「この夜と朝の幻〔マルエー〕……は真実だ」の2つです。
“ハゾーン”は幻全体を指していますが、“マルエー”は2300日だけを指しています。ダニエル8章で、ガブリエルはダニエルに2300日の“マルエー”を説明していません。ダニエルが理解できなかったのはそのためです(27節)。ところがダニエル9:23で、ガブリエルはダニエルのもとに戻り、8章で説明しなかった「幻」(マルエー)を彼に説明しています(それ以外の幻はすべて説明されていました)。ガブリエルは23節でダニエルに、「この幻〔マルエー〕を理解せよ」と言っています。どの“マルエー”でしょうか。明らかにダニエル8:14にある「夕と朝」(口語訳)の“マルエー”です。このように、ガブリエルはダニエルの心を2300日に向けさせています。
「この夜と朝の幻〔マルエー〕について/わたしの言うことは真実だ。……この幻〔マルエー〕にぼう然となり、理解できずにいた。……お前が嘆き祈り始めた時、御言葉が出されたので、それを告げに来た。お前は愛されている者なのだ。この御言葉を悟り、この幻〔マルエー〕を理解せよ」(ダニ8:26、27、9:23)。
70週
「お前の民と聖なる都に対して70週が定められている〔または、「切り取られている」〕。それが過ぎると逆らいは終わり/罪は封じられ、不義は償わ(つぐな)れる。とこしえの正義が到来し/幻と預言は封じられ/最も聖なる者に油が注がれる」(ダニ9:24)。
イスラエルの民が回復されるようにというダニエルの祈りに答えて、天使ガブリエルは現れ、ダニエルの心を2300の夕と朝の“マルエー”(時に関する預言)に向けさせた後で、すぐにダニエルに時に関する別の預言を与えます。それが、イスラエルに「定められた」または「布告された」(新改訂標準訳)70週の預言です。「定められた」または「布告された」と訳されている動詞“ハータク”は、ヘブライ語聖書のほかのどこにも出てきません。したがって、聖句の意味や用法をほかの聖句と比較することができません。しかしながら、同じ動詞がほかのヘブライ語資料に用いられています。それによれば、「定められた」や「布告された」も可能な訳ですが、この動詞は本来、切り取る、切り離すといった「分離すること」を意味します。
この動詞が「定める」と「切り取る」の両方を意味するとすれば、最良の訳はその前後関係によって決まります。ガブリエルは70週に言及する前に、ダニエルの心を2300の夕と朝に向けさせています。次に2300日という文脈において、70週が“ハータク”されていると言っています。「切り取られた」という基本的な意味の方が「定められた」よりもぴったりします。より短い時の預言である70週が、ダニエル8:14の2300日という、より長い時の預言から「切り取られた」のでした。ガブリエルは「定める」という動詞を知っていながら、ここではあえてそれを用いていません。それを用いるのは数節後になってからです(ダニ9:26、口語訳参照)。
このように、70週が何を意味するにしても、それが前章の2300日というより長い時の預言から「切り取られた」ことは確かです。
メシアの到来
ダニエル9章の70週の預言の意味は、ほかのどの聖句よりも難解です。聖句を理解するにあたって次の点に留意しましょう。
(1)最初に宣言されているのは62週と7週(69週)の後にメシアが来られるということです(ダニ9:25)。メシアは油注がれた者として69週の終わりにその働きを開始されます(マコ1:9~11)。
(2)70週の間に何が起こるかは明らかにされていませんが、前後関係からエルサレムが再建されることがわかります(ダニ9:25)。
(3)ダニエル9:26によれば、「62週(と7週)のあと」で油注がれた者は殺され、彼を助ける者はだれもいません。このことは70週の最後の週に起こります。それは明らかに十字架におけるキリストの犠牲の死を指しています。
(4)最後の週に、メシアはまた「多くの者と契約を批准(ひじゅん)し」ます(27節、新欽定訳)。より良い訳は、「彼は強い契約を結ぶ」です。これはキリストの血によって固く結ばれた新しい契約を指し(ルカ22:20)、キリストに対する信仰によってその祝福にあずかるユダヤ人と異邦人の双方を含みます。
(5)70週目の半ばに、旧約聖書の犠牲制度は終了します(ダニ9:27)。「半」と訳されているヘブライ語〔ハツィ〕は「半分」ではなく「中間」の意味です。キリストの犠牲の死はイスラエルの犠牲制度を終わらせました(マコ15:37、38、ヘブ10:8~10)。
(6)ローマ軍によるエルサレムの破滅は70週の間に起こると明言されてはいませんが、この預言の中に予告されています。将来起こるように定められていますが、いつかは明らかにされていません(ダニ9:26)。エルサレムの運命はイエスによってその働きの間に定められ(マタ24:1、2)、約40年後に現実となりました。
(7)70週はペルシア時代からメシアの到来までの歴史的期間ですから、この預言的期間は文字通りの490年(490日でなく)を表します(1週を7日として70週は預言的な490日=490年)。
70週の年代
70週の預言の起算点となるのは、ダニエル9:25によるとエルサレムの復興と再建を正式に認可する布告の時です。エズラは紀元前537年にキュロス王によって与えられた神殿再建命令に言及し(エズ1:1~4)、紀元前520年にダレイオス王によって再確認されています(6:1~12)。しかし町の再建が含まれていません。もう一つの布告は紀元前457年にアルタクセルクセス王によって出されたもので、エルサレムの復興と再建を認可しています(エズ4:7~23、7:12~26)。この布告はユダヤ人に自らの法律によってユダの地を治めることを許可するもので(7:25、26)、預言に与えられた条件を満たす唯一の布告です。
(1)紀元前457年、アルタクセルクセス王が布告を出す。49年(預言的7週)後、エルサレムが再建される(前408)。紀元27年(69週目)、キリストが油注がれ、紀元31年(7週目の半ば)、死ぬ。紀元34年(70週の預言の終わり)ステパノが殉教し、この時点から福音が異邦人にも伝えられる。
(2)70週(490年)は2300年の一部であるため、紀元前457年は2300年預言の起点となる。2300年は紀元1844年に終わる。この年、天の聖所の清めが始まる(ダニ8:14)。
(3)ダニエル7:25、26によれば、再臨前審判は紀元1798年の後のある時点で始まる。
まとめ
70週の預言は2300の朝夕の預言と関連しています。どちらも前457年という共通の起算点で始まります。2300年の預言は1844年に終わり、キリストは大祭司としての最後の奉仕である天の聖所の清めに入りました。
ミニガイド
【アルタクセルクセス王の第7年】古い資料が発見されるまでは、アルタクセルクセス王の第7年という年代には疑問がありました。しかし、バビロニアの天文に関する文書やエジプトのエレファンティン島で見つかったパピルス文書によって、アルタクセルクセス王の実質的な第1年が紀元前464年であることが確定されました。したがって、彼の第7年は紀元前457年ということになります。多くの歴史家がアルタクセルクセス王の第7年を紀元前458年とするのはペルシア暦(春から春)を用いるからです。しかし聖書と歴史によれば、ユダヤ人は秋から秋の暦を用いており、それによると第7年は紀元前457年になります(ネヘ1:1、2:1)。この年代は信頼できる証拠によって裏づけられたものです。
【ダニエル9章の意味】いろいろな見方があると思いますが、ダニエルの預言のメイン・ラインはダニエル時代のバビロン捕囚に始まり、ペルシアによる自治権の限定回復、ギリシアの圧制、ローマ帝国による属州というユダヤ民族の運命を列記し、特に9章において救い主メシアの出現に焦点を向けていたのではないでしょうか。
創世記3:15で神はアダムとエバに「女の子孫」、つまり受肉して、人として来たりたもう神のみ子の約束を与えました。やがて前7世紀にイザヤは「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた」と預言して、神の子が赤ちゃんとして世に生まれることを示し、同じころミカはベツレヘムを誕生の地と指定し(ミカ5:1)、そして前6世紀にダニエルは初臨の時期を予告したのでした。こうして窮地にあったユダヤ民族は徐々にメシア来臨の希望を持ちました。事実、キリスト降誕直前に、ユダヤの学者たちは近くメシアが誕生するとの確証を聖書のうちに調べ、そのしるしを見て正確に預言を悟っていたと思われます。このことはヘロデ王自身が側近の学者たちからメシア出現の成就を聞いていたことでもわかります。マタイ2:4、7にはこう書いてあります。「(ヘロデ)王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした」。「そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた」。
【ペルシア帝国】バビロンに続いてユダヤを支配したペルシア帝国は政策として被征服民族に自治権を与え、それぞれの宗教を尊重し、その習慣持続を許しました。ユダヤ人のネヘミアやモルデカイが役人として登用されたのも、ユダヤ人にエルサレム帰還、神殿再建を許可したのも、こうした一連の融和政策によるものでした。当時のユダヤ人はペルシア国内で比較的安定した生活をし、商売や事業に成功したおかげで、ペルシア領内に残留することを選ぶ人たちも多くありました。キュロス王はユダヤ人に故国帰還を許し、ダリウス1世は神殿再建を許可し、クセルクセス1世はエステルを愛し、アルタクセルクセス1世はネヘミアにエルサレム再建を認可しています(エズ7:7、前457年で70週の預言の起算点)。
*本記事は、神学者アンヘル・M・ロドリゲス(英: Angel Manuel Rodriguez)著、安息日学校ガイド2002年2期『重要な黙示預言』からの抜粋です。