仮庵の祭りにて(ヨハネによる福音書7章1節〜10章21節)
目の見えないタフィー(目の見えない人を表すギリシア語は「テュフロス」。それでこの呼び方とします)にとっては、これまではいわば、パーティー人生でした。確かに盲目で生まれた彼でしたが、同時に、才気あふれる頓知と鋭い言語能力とを持って生まれてきた人でもありましたので、十代になる以前でさえ、彼の当意即妙の応答ぶりと辛らつさを含んだユーモアとは、彼の周りにいる人々を、常に、ある種の興奮に引きいれたのでした。ですから、彼の名前が多くの人々のパーティー出席者一覧表に載せられるようになったのは、彼のごく若年の頃からだったのです。タフィーは余りにも愉快な人だったので、彼が乗り気にならない場合、パーティーの主催者は、しばしば少々小金を弾んでもぜひ出席して、会を盛り上げる手助けをしてほしいと願ったものでした。彼の他の収入源といえば、道に座って物乞いするだけでしたので、通常は喜んで人々の招待に応じたのです。彼はこの働きを「夜の仕事」と呼んでいました。
しかし、彼の表面的なユーモアとは裏腹に、内面の奥深いところには、多くの苦しみが入り交じって存在しておりました。彼の冗談で笑っている多くの人々も、結局は軽蔑しているのであることを彼は知っておりました。ご承知のように、当時の人々は、すべての病や障害は何か特別な罪の直接の結果であるという考えを持っておりました。そういうわけですから、目が見えない形で子供が生まれたなら人々は考えるのです。これは両親が何か特別な罪を犯したからか、あるいはその子が大きくなってから犯すであろう罪に対し神があらかじめ罰を与えておられるかのどちらかであるに違いないと。たとえ彼自身が何も間違ったことをしてなかったような場合でも、彼は悪い血筋によって汚されていると見なされましたので、いささかでも価値ある者として評価されるなどということは全くあり得ませんでした。
ある日のこと、タフィーは例のごとく、神殿地域の出入り口の一か所で、彼の例の「昼の仕事」なる物乞いをしておりました。ふとラビとその数人の弟子たちのグループが通るのを感じ、彼はそちらの方に近づいてゆきました。すると、ラビのような人は親切な声で尋ねました、
「友よ、どうしました?」
「はい」とタフィーは答えました。そして言います。
「何でもありませんが。しかし、少々はっきりわからんことがあるんですよ。私は盲目で生まれて来たんです。今までに盲人の大工を見たことありますか。船長はどうですか。生まれながら目の見えなかったラビなんかはいるんでしょうか。いや、私の言いたいことは、文字判別できるような何かがまだ発明されていない今、盲人はどうやって働き口を得ることができましょうかということなんです。何とかお助けいただけませんか」
そのラビは含み笑いしながら弟子たちに言います。
「私は、この人が気に入った」
その時、タフィーは忌まわしい言葉を再び耳にします。聞き慣れてはいるが、しかし常に痛みを伴うことなく耳にしたことのない言葉。「先生」と弟子の一人が問うています。「生まれながら盲人であるこの人は誰の罪のためですか。この人の罪ですか、それとも両親のですか」
すると、そのラビが答えます。「それは間違った質問だよ! この人の目が見えないのは、この人の行為でも両親のそれにも一切関わりはありませんよ。それは、この人の人生の中に、御神の御栄光がはっきりと現れるようになるためです。思い出しなさい。私は世の光です!」
「私は、この人が気に入ると思う」とタフィーは考えました。
しかし彼は、次に起こった出来事に尻込みいたします。ラビが唾を地面に吐く音を耳にしたからです。今までに、幾たびこの音を耳にしたことだろう。多くの人は、彼と最初に出会うと、決まって地面にツバキを吐き出し、軽蔑する者への嫌悪感を示すのです。この種のラビは、口では良いことを言っていても、行動では意地汚いふるまいをするのか。彼はそのラビが地面にかがむのを感じました。それからその足元で何かをかき混ぜている音を聞きました。そのラビは泥をこねているようです。それからこの人は立ちあがりました。と、突然タフィーは、ねばねばした、汚いものが自分の目の辺りいっぱいに塗られるのを感じました。
「やい、何するんだ」とタフィーは思わず叫びました。
「これは何なんだ! あんた正気か!」
「大丈夫、正気だよ。心配しないで」とそのラビは静かに言いました。そしてその声はなおも親切に語りかけます。「シロアムの池まで下って行って、それを洗い落としなさい」と。
「わかった。それにしても、ここに戻ってくるまでに十シケルは損するな」と言いながら不機嫌にはなったけれども、シロアムの池に向かいました。約八百メートルの下り道です。後方に、弟子たちの嫌みな言葉がなおも聞こえて来るようですが、しかしラビは、なおも笑みを浮かべているようです。あたかも誰も知らない何事かを知っているかのようにです。タフィーは困惑の極みでした。泥を塗られた目を思うと、怒りが込み上げてきます。しかし一方では、あのラビは何か親切で、何もかもわかっている様子であった。そして、ラビの言われた言葉の、特にその一部を思い出しております。「彼が盲人であるのは、御神の御栄光がその人の上に現れるためである」。一体どんな特別なことが起こるというのであろうか。そして「私は世の光です」ということと、これとは一体どんな関係があるというのだろうか。いろいろなことを思い巡らしてみるのですが、どうもつじつまが合わない。「まあいいか。とにもかくにもこの気持ち悪い泥を一刻も早く洗い落としたい。第一のことは第一にだ。とにかく池に行って洗おう」
三〇分もかかりましたが、苦闘しながらも、ようやく池に到着できました。かがみ込んで、目の辺りの皮膚をゴシゴシとこすりながら洗い始めました。と突然! 何かピカッとしました。「なんだこれは!」彼は、澄んだ何かを! そう、水を見ました。そしてその中に、何かを見ました。「これはなんだ、もしかしたら顔なのか! ああ、見えるんだ! 見えるんだ!」思わず大声で叫び声をあげてしまいました。それから一瞬、凍てつきます。「『世の光』? そうなのだ! このことがあの『世の光』ということか! これが、世の光という言葉が意味していたことなんだ!」
この興味深い物語は、ヨハネによる福音書では、再び、生きた譬え話としての役割を果たしているわけです。目の見えない人を癒されることによって、主イエスは、前に宣言しておられた「わたしは世の光である」との真理の実例となされたのです。世の光として主イエスは、生まれながら目の見えなかった人に視力をもたらしました。しかしこの物語は、もっと深い意味を内包しております。実際にはこの物語はずっと遡って、七章から始まっているのです。
仮庵の祭り
ヨハネによる福音書七章から一〇章までの内容は、全て仮庵の祭の中での出来事で、この祭は、イスラエル民族がエジプトでの奴隷から解放されて後、荒野を放浪した時の出来事を記念した祭りでした(レビ二三ノ四三)。この放浪の間中、御神は水と光とをイスラエルの民に供給されました(出エジプト一三ノ二一、二二、一七ノ一~七)。ですから、その祭りの二つの主なテーマは、水(祭りの間の主要な行事)と光(夜になって、松明行列が繰り出され、また神殿地域に大きな二本の松明が夜中ともされた)でした。人々は祭りの間中、城外にシュロの枝で簡単な小屋を作って住まうのですが、それはイスラエルの民が荒野にいた時、御神が常に支えと守りとを与えられたそのことを思い起こさせる行事でした。イスラエルの全ての祭りの中でも、仮庵の祭りが最も親しまれた行事でした。この出エジプトの時を思い起させる行事は、丁度、荒野をさまようイスラエル人たちに御神が水や食糧を供給されたように、今日の必要に対しても同様、御神はその必要を供給し続けておられるのであることを参加した人々に思い浮かべさせたのです。
パレスチナでは、一年は二つの季節からなっております。すなわち、四~五か月間の非常に乾いている時期の乾季(このときは、雨は一滴も降りません)と、ほぼ冬の間の雨季とです。仮庵の祭りは、夏が終わった頃(つまり、九月末から十月初旬頃)に訪れます。それは、冬場を控えての穀類の種まき時期を控えている時でもあり、また果物の収穫時期でもあります。もしも、この祭の間に雨が降れば、それこそ、その雨を神よりの恵みのしるしと見なしたのでした。
ヨハネによる福音書における「私はある」の聖句
本福音書の第七章および第八章には、このお祭りの間中、神殿にやってきていた群衆の中のいろいろな人々と主イエスは一連の論争を繰り広げておられたことが記録されております。論争全体の流れを見ますと、同じ内容のものが繰り返されているようにも見えますし、少しも前進してないようにも思われます。長い論議の後でも、依然として、主イエスとその敵対者たちとの間には、何ら互いに一致点を見いだしていないのです。この罪の世にあっては、必ずしも人は、一致を見るには至らないのが現実です。主イエスのような完璧で、しかも賢明な御方でも、その敵対者たちに、御自分の御教えの真理性や、御自身が何者であられるかを確信させるには至っていなかったのです。ある人たちがそうであったように、自分で定めた視点と先入観の故、この人々は決して確信に至らないのです。常に、自分の考えを変えない論理を以って終始してしまうのです。そのような人たちに対しては、主イエスが遂にそうされましたように、そのままにしておくのが最善のようです。
第八章は、主イエスの、あの劇的な宣言で結論とされております。すなわち、「はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から、『わたしはある』」(八ノ五八)。この結論的断言の御言葉は、七章と八章の主要な特性の一つである、主イエスの「わたしはある」(モーセに現れた御神を指すために用いられた特殊用法での表現で、ギリシア語「エゴ・エイミ」の訳)との、数次にわたる堂々たる声明を再び結論的に宣言いたしております。八章のみから考えても判然としていることは、たびたび現れる「わたしはある」の表現は非常に重要で(八ノ二四)、これらの表明は全て何らかの意味で主イエスに関係していて(八ノ二八)、しかも、それらは主イエスという御方が人間としてこの地上に来られる遥か以前から存在しておられたのであることを暗示した表明なのです(八ノ五八)。八章の「わたしはある」の表現の意味を十全に把握するには、それに先立って、本書全体でこの表現がどのように使われているかを調べてみる必要があります。
①人間性を指している表現。本福音書の中で、主イエスは、「わたしはある」のこの句を二度、純粋に人間としての御自分、すなわち普通の使われ方で用いております(四ノ二六、六ノ三〇)。これらの場合で、主イエスは、一度はサマリアの女に、もう一度は弟子たちに、誰でもない「自分である」と言っている時の表現です。言わばこういうことです、「オーイ皆、私だよ」。ここの用法では、明確な神学的重要性は何も見ることはありません。
②神を表明する表現。しかしながらヨハネによる福音書は、より重要な用法での、この「わたしはある」の表現を含んでおります。主は七回、述語を伴った特別な意味を与える「わたしはある」の表現を用いております。すなわち、「わたしは~です」の用い方です。「私は最も偉大な人間です」とモハメッド・アリが言った時の主語と述語の用法です。本書の中で、主イエスは言われます。「わたしが命のパンである」(六ノ三五)、「わたしは世の光である」(八ノ一二、九ノ一五)、「わたしは羊の門である」(一〇ノ七)、「わたしは良い羊飼いである」(一〇ノ一一)、「わたしは復活であり、命である」(一一ノ二五、二六)、「わたしは道であり、真理であり、命である」(一四ノ六)、そして「わたしはまことのぶどうの木……である」(一五ノ一)。これらの強力な述語は、御自身との密接な交わりに入る人々に対し、主イエスが与えられる祝福のいろいろな方法を例示しております。
③独立用法的表現。ヨハネによる福音書に見る「わたしはある」の第三の用法は、学者たちが「独立用法」と呼んでいる用い方です。主は時折、この表現だけでもって、御自分が旧約聖書の神と全く同一であることを断言するのに用いておられます。「それが起こる前、わたしは、あなたがたに言っておきます。それは事が起こった時、わたしがその者であることをあなたがたが信じるようになるためです」(一三ノ一九、新国際訳。〔新共同訳は「わたしはある」とここを訳出。傍線並びに訳者付加〕)。新国際訳では、原典の「わたしはある」を「わたしがその者である」のように「その者」という語を挿入し訳出しておりますが、このように、八章二四、二八、五八節ばかりではなく、一三章一九節でも、主イエスは旧約聖書の御神を指す表現として知られているこの「わたしはある」の表現を用いて、御自分が聖四文字で表現されている十全の神であることを主張しておられるのです。
旧約聖書における「わたしはある」の聖句
旧約聖書においては、「わたしはある」は、神の御名として機能しております。それは人類の必要に休むことなく応じられる現臨の御存在であられることや、神という名の下で要求される数ある特性の中でも、他に比肩し得ざるそのユニークな永遠の御存在性や、将来のことを正確に予め告げ得る能力などを表明する御方の御名として用いられていたようです。エゼキエルのような預言者たちは、この「わたしはある」という御神の御名の表現を、将来の来たるべき時代となって成就なさることになる力強い救いの御業という背景下で用いております。御神は良い羊飼いとして、この地球の歴史のクライマックスで、御自分の民を養いお世話なさるようにして働かれるでしょうと。
主イエスは断言しておられます。預言者たちが約束していた将来における救いは、今や御自分の御存在において実現を見るに至っているのだと。主イエスこそは、預言者エゼキエルが、その三四章で約束した良い羊飼いなのです(ヨハネ一〇ノ一一参照)。主イエスこそは神の形であられ(八ノ二四、二八、五八)、あらかじめ未来を知っておられる御方であります(イザヤ四六ノ九~一〇、ヨハネ一三ノ一九)。主イエスこそは、旧約聖書のヤーウエーの神以外の何者でもないのです。この御方こそは御自分の民を牧するため、まさに預言者たちを通して約束された通りに下って来られた御方なのです(八ノ五八)。人間の肉体をとって地上で生活されていた時ですら、この御方は最高の意味で、十全の神であられたのです。
人間イエスは同時に、また御神でもあられますので、未来はすでに、この御方のうちに現臨しているのです。この御方を信じる者たちに対し、今やこの御方は、旧約聖書で約束されていた御神の御国のもろもろの御栄光を提供し得るのです。真の意味で、私たちは、今やすでに、イエス・キリストにあって、天に住んでいることになります(エフェソ二ノ六)。主イエスと共にある人々にとっては達し得ないものは何もありません。主にあっては、その可能性は無限です。旧約聖書の中で見る御神のなされた力強い事柄が、主イエスによって、そしてそれは今日でも、主を通し御霊によってこの地にもたらされております。実に主イエスこそは偉大な「わたしはある」なのです。
真理は、あなたに自由を得させる
本書の第七、第八章には、限られたページの中では取り上げ得ないたくさんの事柄がありますが、それでも少しだけ、主の言われた、「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(八ノ三二)との、畏怖を覚えさせるような御言葉に思いを向けてみたいと思います。主イエスに関する真理がどのようにして、人々を自由にするのでしょうか。少なくとも、以下の四つのことを考えることができると思います。
①真理は恐れから解放する。主イエスの弟子たちは、たとえ彼らがどこへ行こうとも決して一人で歩むことはありません。そして主イエスの御臨在の下にあって、恐れは消え去ります。なぜなら、全き愛は恐れを取り除くからです(ヨハネ一・四ノ一六)。
②真理は、自分というものから解放する。多くの人々にとって、その十全であるべき人生最大の障害は、実は、彼ら自身のうちに見いだされるのです。主イエスは私たちが自分で変え得ないものを変えて行く御力をお持ちです。私どもは最早、私どもの有限な力や、人間的な力による動機づけに制限されることはないのです。救い主キリストにおいて、全てが新しくなっているのです(コリント二・五ノ一七、黙示録二一ノ五)。
③真理はまた他の人々から解放する。多くの人々はまた、他の人々が一体自分をどう見ているかということに戦線恐恐として、麻痺させられた状態にあります。しかし、私どもが御神によって受け入れられていることを知ると、もはや他人にどう思われようと、またどのように言われようとも全く問題とはならなくなるのです。他の人々が気に入るか否かではなく、主の御前で何が最善かという判断の中で、私たちは考え行動することができるようになるのです。
④真理は罪から解放する。多くの人々は、大なり小なり、罪の持つ習慣性の力の恐ろしさを体験しております。罪人である者たちは、自分の好むことをではなく、罪が好むことを行ってしまいます。主イエスの弟子になっていきますと、この罪の鎖が断ち切られ、その人の持つ十全の可能性へと成長して行くように力づけられます。「もし子があなたたちを自由にすれば、あなたたちは本当に自由になる」(八ノ三六)。この聖句が表明している御力の実例が、九章に見られる生きた譬たとえ話なのです。主イエスは、生まれながら目の見えない人を癒され、一つどころではなく遥かに多くの道へとこの人を解放されたのです。
この盲人の癒しは、ファリサイ人たちにとっては重大なジレンマとなりました(九ノ一三~一六)。一方では、その癒しは御神によって承認された人による業であることを示しております。しかし他方、緊急事態でもない状況での安息日における主による癒しは、あたかも偽預言者の行為であるかのように見えるのです(申命記一三ノ一~五)。このようにして彼らの間の議論は皮肉とも滑稽とも見える中で推移して行きます(九ノ一七~三四)。目の見えなかった人は、ますますはっきりと、主はイスラエルの真の御神を代表する御方であられることを知って行きます。他方、ファリサイ人たちは、肉体の目では見ることができるのに、しかもイスラエル人たちの信仰の養育者たちと自認している人たちであるのに、ますます主についての真理に対し、加速的に盲目になってゆく推移です(九ノ四一)。
そこで、主による盲目の人の癒しは、霊的洞察をもたらす主の御力の象徴となり、一方、ファリサイ人たちの、その癒しを認めない姿は、主が啓示された御神についての真理を拒絶することの象徴となるのです。奇跡は実際に起こったのであることを認めざるを得ない状況下でも(九ノ三四)、なおも信じ得ないでいるファリサイ人たちの不信の姿を見て、癒されたその人は驚いてしまいます(九ノ三〇)。彼らの拒絶という不信仰は、主イエスのもろもろの主張に対し、意図的に盲目になることを選んだその生き方に根本的問題がありました。
今日でも、証拠が欠落しているということで救い主を退ける人は少ないのです。そうではなく、彼らの人生に、主イエスをして入り込ませたくないが故、救い主を拒むのです。耽っている罪や気に入ってる生き方を守るため、信じれない理由を見つけようとするのですがそれは容易です。不信心の根本的事実は、告白されていない、そして捨て切れていない罪です。これらの罪がイエスについての真理に対し人を盲目にさせるのです。
主イエスは良い羊飼いです
九章三五節から四一節は、一〇章の良い羊飼いのお話への導入となっております。救い主は見捨てられたものを顧みられます。宗教指導者たちが主イエスに対する敵意の故、人々を追放・除名する時、それは、彼らの盲目性を例証しております(九ノ三九~四一)。そしてそのことは、これらの捨てられた人を集める機会を主に提供することとなります(九ノ三五~三八)。
古代のパレスチナ地方では、羊の檻は通常、自然の洞穴を用いておりました。夕方になると羊飼いは、羊たちをそのような洞窟に導き入れ、それから、その羊飼いはその洞窟の入り口に横になって休むのです。羊泥棒や野生の動物が羊の所に行くためには、当然羊飼いを超えて行かねばなりません。適当な洞穴がないところでは、石を積み重ねて囲いを作り、一ヶ所だけ、羊や羊飼いがかろうじて通れるだけの幅の出入り口を作り、羊飼いがそこに横になって羊を守るのです。ですから、主イエスが御自身を「良い羊飼い」と言われ、また「羊のための門」であると言われた時、聞いている者たちには、この二つの表現は、同じ事柄を異なった方法で説明しておられるのだということに気付いていたに違いありません。
羊たちが、救われるために通って行かねばならない門として御自分を主が描写された時、使徒言行録四章一二節(「ほかのだれによっても、救いは得られません」)や、ヨハネによる福音書一四章六節(「わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」)で言われているのと同じメッセージを語っておられたのです。主は御自分による以外の、他のあらゆる救いの方法を御自身と置き換えておられたのです。門を通って入る以外には、羊の囲いに入る方法はないのです。救いの門として主イエスは、人々を御父の御許にお連れする御方です。永遠の命は、イエス・キリストとの関係の中にこそ見いだされるのです(一七ノ三)。
良い羊飼いとして主は、教会という羊の囲いの中に入った人々をお世話なさる御方です。良い羊飼いであるための、その二つの偉大な特性は、羊のためには、喜んで命を捨てられること(一〇ノ一一~一三、一七、一八)、そして、羊たちのことをよく知っておられること(一〇ノ三、一四~一六)です。人々の至福こそが、主の第一の関心事です。二一節は明快に、本章と九章との結びつきを与えております。前章では、主イエスが目の見えない人を癒され、それから宗教指導者たちから被った霊的迫害から彼を救出されたその御姿が描写されていたのですが、それは一〇章一節から二一節で示される「良い羊飼い」の実例なのです。他方、九章の盲目の人は、その良い羊飼いの声を聴き分ける主の羊なのです(一〇ノ四)。
良い羊飼いとして、主は、宗教指導者たちに追い出された人々への御自身の正当な権利を主張されます(九ノ三四~三八)。ヨハネによる福音書一〇章における象徴は、それ故二つのレベルで働いております。第一義的には、目の見えない人を手荒に扱うことによって、雇われ人のような品性(一〇ノ一二、一三)を暴露してしまった九章四〇節に見られるユダヤの宗教指導者たちへの譴責でありました。そして第二義的には、この福音書の広義での理解によれば、この物語は、第二世代のキリスト者たちを励ますためであり、この第二世代のキリスト者たちは、今まさに、ユダヤ人指導者たちにより盲目の人が味わったのと同様の手荒な扱われ方に直面していた状況でした。主イエスは、教会の指導者たちに、イエスがなされたように、その羊たちを最大限お世話するようにと挑戦しておられたのです。
献身した魂と差し迫る十字架(ヨハネによる福音書11章1節〜12章5節)
喜怒哀楽の感情、あなたはこれに信頼できますか。感受性、それはあなたの真実の姿を描き出して見せてくれるでしょうか。確かにそのようにも見えます。ところで私はいわゆる「夜型」の人間です。夕方になるにつれ、目が冴えてくるのですが、朝はまったく別人です。仮に誰かが朝の五時頃に電話をかけてきたとします。すると口元に電話機の耳の側を置き、耳元に電話機の口の側を持っていくというようなことをしている始末です。何と自分は愚かなことをしているのかといやになってしまいます! みじめな思いと共に深く落ち込んでしまいます。誰に対しても、私はこんな状況でいつも失敗ばかりしている、誰も私を評価してはくれないとの考えが、一時よぎります。しかし、驚くことには、しっかりと目が覚めて行くと、これらの感情はものの見事に消え去ります。これらの落ち込んだ思い、それは、自分の真実の姿なのでしょうか。多分違うと思うのです。この現象は単に、身体の、一日のサイクルでの体内化学物質の作用に過ぎません。気分はあたかも、シアトルの天気のように極めて移り気です。しかし、それにもかかわらず、極めて確信的でもあります。
ベタニアのマリアは、感性のまさった人の良い例と思います。聖書によればマリアは「罪人」(ルカ七ノ三七~三九)でした。と言いますのは、ヨハネ一二章ではベタニアのマリアが主イエスの御足に香油を塗っており、従って同じ塗油の出来事を扱っていると見られる平行記事のルカによる福音書七章の無名の婦人の名はマリアであると考えられますし、ルカによればこの女性は「罪人」とあるからです。その前後関係から判断しますと、その罪とは恐らくは性的な罪で、売春であったかもしれません。聖書からは明快にはわかりませんが、この香油塗布の出来事よりもだいぶ前の過去のある時点で、マリアは主イエスに御目にかかることがあって、罪人としてその足元に据えられた時があったと考えられます。その時はどんな思いであったでしょうか。それは恥と罪責感と自己嫌悪の思い。しかし同時に、主イエスの中に信頼できる人との実感を持ち得たにちがいありません。主は、彼女のあらゆる罪を知っておられました。その上で彼女を尊重し、愛し受け入れられました。癒しへの道が始まったのです。
これとは別な折に、彼女は再び主イエスの足元にぬかずく機会がありましたが、この時は、主の御臨在に浴したひと時でした(ルカ一〇ノ三八~四二)。マルタは台所におり、マリアは主の御教えに耳を傾けております。この時の感情はどうだったでしょうか。高揚です(一〇ノ四二)。喜びと満足の情がそこには伺い見られます。何故でしょうか。それは彼女が必要としていた「ただ一つだけ」(一ノ四二)のものを得ていたからです。彼女の感情は主の御許に在って制御されていて、主とその波長が合っておりました。今やマリアは主と共にありました。もう二度と落ち込むことはない? とんでもない! ある日のこと、彼女の兄弟ラザロが病気になりました。マリアとマルタの視点から考えますと、ラザロが死んだということが彼女らにとって最悪のことではありませんでした。この時点での最悪は主イエスの御到着が遅れていたということです。もしあなたの兄弟が病気になって、往診を切望された医者が、スーパーボール(アメリカンフットボールの決勝戦)が終了するまでは行けないと言い、その医者が駆けつけた時には、弟はすでに死んでしまっているとしたなら、あなたは怒り、あるいは憤り、それとも鬱状態になるでしょうか。それとも何か他の感情が起こるでしょうか。
マルタはイエスが来られたと聞いて、迎えに行きましたが、マリアは家の中に座っていました(ヨハネ一一ノ二〇)。恐らくその時は、マリアは主にお目にかかりたいという気持ちにはなれなかったのでしょう。弱い彼女は、心に痛みを覚えておりました。自分が信頼申し上げていたあの御方が、彼女の寄せる信頼を裏切ったように思えたのです。何故でしょうか。恐らく、この御方は、彼女を無視しておられるのだ。恐らくは、彼女の感情の移り気に疲れてしまわれたのかもしれない。これまで考えていた主との密接なつながりとは、ただ思い込みだけであったのではなかったでしょうか!
「もし、キリストがラザロの部屋におられたなら、彼は死ななかったであろう。なぜならサタンは力を発揮しようとしてもできなかったはずだから。実はそれ故にこそ、キリストは外に長く留まられたのでした。主は敵がその力を行使するのを黙認されました。そのようにさせておいて勝ち誇っているこの敵を追い払わんとされたのです。主はラザロが死の支配下に打ち伏せられるのを許されました。そして嘆き悲しむ姉妹たちは、愛する兄弟が墓に横たえられるのを見なければなりませんでした。キリストは彼ら姉妹が自分たちの兄弟の死に顔を見るとき、救い主に対する彼らの信頼が激しく試みられるであろうということをご存知でした。しかし同時に主は、彼らが今通っている試練の故、彼らの信仰が今までよりはるかに優った力でもって輝き出るに至ることもご存知でした」(『各時代の希望』中巻五八章参照)。
いろいろな関係は、このように壊れやすいもろもろの事柄から成っております。主は町のすぐ外の公園のようなところでマルタと会っております(一一ノ一七、三〇)。マリアは家に留まっております(一一ノ二〇、二八~三〇)。両者とも何らかの信号をずっと待っていたように見えます。このような状況が現在の私たちの現実の姿です。主イエスは常に私共の人生の影の中に立っておられ、招かれるのを待っておられます。時折、マリアのように私たちの目線は涙でかすみ、御腕を大きく広げて、その場に主が立っておられるのにそのお姿を見ることができないのです。時折私たちの耳は、怒りや悲しみや心痛でもって聞こえなくなってしまい、主が招かれる御声を聞けなくなるのです。
主がただ、マルタをつかわされマリアを招かれた時にのみ、マリアは自分の家を出ることができ、再び主の御足許に跪くことができたのです(一一ノ二八~三二)。彼女はマルタの語ったのと同じ苦情を語ります。しかし、マルタの場合とは異なり、マリアは主に対する信頼を表明してはおりません(一一ノ三二と二一、二二とを比較せよ)。結果として、この時、マリアは主イエスから何の啓示も受けていませんし、主も彼女からの信仰の表明を引き出そうとしてはおられません(二三~二七節を比較し参照)。それどころか、主はマリア並びにマリアと共にいた人々の信仰の欠如にいたく心を痛めておられたように思われます(三三、三八節も比較参照)。主イエスは人々を招いて復活と命とを見れるようにとそこに来ておられました。しかし彼らの心は失われたものに釘付けになっております。
しかしながら、主イエスは、ひと言もこのような人々を捨て去るような言葉を出されません。マリアは再び主の御許という本来の場に戻らせていただいております。しかしなおも、明らかに彼女は荒れている海の波のように、その心には心痛と不安定感とが渦巻いております。主はしかし、そこから立ち去られません。彼女の感情を叱ることもなさいません。主は、彼女のそのような自然な感情をそのまま受け止められます。彼女の、そのような感情も主のお取り計らいの方法を変えるものでは全くありませんでした。
私共のもろもろの感情をコントロールする
何故私共の感情はそのように私共に大きな影響を及ぼすのでしょうか。一つの重要な理由は、人は本性的に自分のことに心を奪われる傾向を持っているという点です。自分の人生について思い巡らして時を費やすことは、それなりに大事なのですが、この自分の必要や気持ちに注意を集中することには、暗い側面があるのです。私には思い出される一つの経験があります。それは、ニューヨークの精神病院を訪ねたときのことです。私が訪ねた病棟には、現実社会から隔離されている、いろいろの段階の精神病の人々で一杯でした。しかし、話のできる病人の全ての人に一様に共通していたことが一つありました。どの話の中にも「自分」ということがその中心にあったという点です。全ての会話は一つの主題、しかもただ一つでした。自己を中心に生きている人は、常に自分のもろもろの感情の虜になっているといえましょう。
しかしながら、この自己中心の生き方を克服し、私たちの感情をコントロールできるある方法が実証されております。エレン・ホワイトは言っております、「口に出すときに思想や感情が助長され、強められるのは自然の法則である」(『ミニストリー・オブ・ヒーリング』二二九ページ)。疑いを口に出せばもっと疑うようになります。失望を語れば、あなたはもっと失望するようになります。しかし、逆も真なりで、信仰を表明すれば、もっと信じることができるようになります。感謝を語れば、あなたは喜びを体験するようになります。エレン・ホワイトの同じ箇所に「感謝と賛美の精神ほど心身の健康を増進するものはない」(二二八ページ)とも言われております。
自己に没入したり、それに伴って起こりがちな抑鬱状態を矯正する理想的手段は感謝と賛美の精神です。感謝と賛美を表現しているときは、自分の心をして自分に集中するのをやめさせ、直接主イエスの方に向かわせます。勿論、自滅的思考パターンのみならず、体内の化学組成の不均衡からも抑鬱病は発症いたします。確かに、感謝と賛美の療法は多くの場合、頭脳の化学物質にも作用するのですが、しかし、ある場合には、薬物療法も必要となります。また、大事な人を失ったような場合での深い悲しみとか、真の自責の念からおとずれる天から与えられる悲しみは、当然起こるべくして起こるのです。しかし、それにもかかわらず、エレン・ホワイトの助言は、逃避したくなる感情と戦う上での特筆すべき戦略です。
しかしながら、一方では感謝と賛美とは確かに私共の感じ方に大いなる差異をもたらすとはいえ、いか程の感謝や賛美を表明しようとも、ラザロを死から命へと蘇生させることはありません。死んで四日もたっているような人に対する唯一の希望は、主イエスの命を付与し得る御力のみです。かくして主は大声で「ラザロよ、出て来なさい」と呼ばわれたのです(ヨハネ一一ノ四三)。
キリスト信仰の根底には福音の中には現実的な力があるのだという認識があります。御力によりラザロを蘇生させ、そして主イエスを死から復活させられた出来事は、実際にあったことで、今なお起こり得ます。確かに奇跡的出来事のみが疑いの雲を払拭できるような場合もあります。私たち全ては時折、ヨハネによる福音書一一章の体験をもいたします。しかし、死・裏切り・損失・破壊などが説明できないような深い敗北感を醸成することになるかもしれません。しかしながら、そのような時にこそ、主を死からよみがえらせた御神は、今もなお、無から有を生み出し得るのであることを思い出してみるのです。全てが絶望に見える時であっても、私共はなおも、自分の究極的信頼をこの御方に置くことができるのです。
葬りのための塗油
自分の人生における最も重要な人々が集まっているこの集いの中で思いを巡らしていた時、マリアの心は特別な感情で再び満たされ、部屋の片隅の影の中から立ち上がります。その部屋の中にいたほかの人々はパーティーの楽しみに没頭していて、彼女の抱いた密かな思いに気づくはずもありません。
この場所でも、部屋の内外で忙しく働いているマルタがおります。食事を用意し、給仕をし、またいつもの実力を発揮して給仕人たちにテキパキと指示している彼女です。善良で、世話好きで、しかし恐らくは、少しばかり型にはまっているタイプのマルタ。しかし、誰かが必要という時には必ずあなたの脳裏に浮かぶような人。彼女は何と素敵に食卓を調えてしまうのだろう! 自分の兄弟ラザロがよみがえらせられたので、殊のほか嬉々として立ち働いている彼女でした。
一方マリアは、ラザロに目を留めています。ラザロは部屋の真ん中にゆっくりと身体を横たえていて、主イエスと共に特別な来客となっております。いったん失ったと思った可愛い弟の素敵な顔をマリアは飽かず見つめております。彼女の目は優しくそのもろもろの表情を追います。あごひげの巻き毛、また自分がミイラのようにぐるぐる巻きにされていたのを知った時にはどんなふうに感じたかなどを繰り返し繰り返し人々に語る時の、ラザロの口の動きの一つ一つなど。「生きるということは何と素晴らしいことでしょう!」と。
それから、マリアの眼差しはラザロから主イエスに向けられます。何と不思議で素敵な救い主! 活気に満ちた主を見つめていますと、彼女の表情はもう喜びで一杯になって、輝いてゆきます。主がお話をしておられる時、主の表現には親切がにじみ出ております。まさに彼女が感じた程の愛を誰が他に持ち得るでしょうか。マリアの心は興奮で早鐘のように打ち始め、その時思わず外套の下で、あの一年の働きに相当する香油のつぼに触れています。主イエスはどんな贈り物、どんな犠牲にも値する御方。かつて、どうしてこの御方を疑い得たのでしょうか。弟ラザロが病気であった時、どうしてベタニアにすぐさま駆けつけてくださらなかったのかと、不平とつぶやきを言ってしまった時の主の表情を思い出しています。傷つけた程には失望してはおられなかったが……。私は決して主イエスに失望を与えることはいたしません!
マリアは主イエスを殺す計画があるという穏やかならざるうわさを耳にしておりました。ラザロも、主イエスが次にエルサレムに行かれる時には、殺されてしまうであろうと彼女に言っておりました。彼女は人が死んでから葬儀の時になってたくさんの花をささげる型の人間ではありません。生きていて喜んでいただける時に、献げることを是とするタイプの人でした。彼女は、今が主イエスに対する自分の献身を示す時、またここがその場であると確信いたしました。これがその最後のチャンスかもしれない。いや、しかし、この人々、皆がいる前で?
彼女の目はふと、この宴会の主であるシモンに向けられますと、その決心が揺れました。シモンは会堂の第一長老でした。他の誰にも優って彼はマリアの罪深い過去の全てを知っておりました。そして彼女とシモンは他の人々の知らない彼らだけの「あること」を知っております。彼が最初のきっかけです。数年前の会堂における昼食の席で、彼はテーブル越しに彼女に視線を投げかけていたことがありました。その霊的影響力を用いて誘惑に弱い若い女性を魅了し困惑させたのです。主イエスはそこから救出されたのではありますが、彼女が滅びへの道に堕ちて行ったきっかけとなったのは、シモンこの人であったのです。
しかしながら、ある理由から、マリアはシモンに対し決して怒りや恨みを感じてはおりませんでした。その宴会の場でも、シモンを見ていて彼女には怒りはなく、むしろ恥を感じております。彼は善良な人間で会堂での指導者です。実際彼が彼女との間で不義を犯したのはある意味では彼女の過ちであったのです。それ故、過去に、決してその彼を会衆に告発したことはなかったし、彼女は自分を責めていたのです。再び彼女の心は恥で一杯になります。主イエスに香油を塗って皆が笑ったらどうしよう。もし、シモンが警察を呼んだりしたらどうなるだろうか。そんなことなどを考え出したら、全身が震えてきて暗いところに一層深く落ち込んで行くような思いです。密かにこの部屋を抜け出して、家に帰って思いっきり泣きたいような気持ちでいっぱいです。
しかし、待ってくださいよ。私は自分の全ての罪(シモンの名は明かさなかったが)をすでに告白しているではないですか。主は彼女を受け入れてくださらなかったでしょうか。もし、主イエスが御受け入れくださっておられるのなら、他の誰がどのように思おうと一向にさしつかえないではないですか。御神にとって、あなたはどんなにか価値ある存在なのだと主イエスは断言されたのではなかったでしょうか。このように思い巡らして、主イエスが与えられたあらゆる確証を思い出し、主イエスがもたらしてくださった自分の内に起こった驚くべき変化を思い起こすにつれ、彼女の勇気が奮い起こされます。彼女は自分の全てでもって主を愛しておりました。主のためなら何でもなすことができるし、どこへでも行けます。何故、シモンがそこにいるというだけで躊躇すべきなのか!
再び彼女の思いは主の差し迫っている死についての噂へと向いていきます。そして遂に腹は決まりました。外套の下から高価な香油の壷を取り出して、部屋の真ん中の方に向け、意を決して動き出します。
マリアは自分の魂を献げ尽くす
ヨハネによる福音書第一二章の初めの部分では、マリアの主イエスに対する全的献身とその愛が示されており、その姿は大祭司カイアファ(一一章の終わりに示されている)並びにイスカリオテのユダ(この物語の中に見られる)の冷酷な打算とが意図的に比較されております。このお話に関するヨハネによる福音書の終わりにおいては、ユダは巧みでしかも鋭い風刺の対象とされております。彼は葬りのために塗布する香料を惜しみなく捧げることは無駄な行為(一二ノ五)と断じています。しかしながら彼は、主イエスを裏切ることにより塗布を必要とする大半の原因を作った張本人となっております。ユダは、貧しい人への関心を表明しております。しかしながら財布からの盗みを通して、彼が世話をしている貧しい人とは、実は彼自身のことであったということをその行為が明快に示しております(五、六節)。この福音書の中で後になって弟子たちは、ユダが実際は主イエスを銀貨で裏切るため、あの二階座敷を出ていった時、それは貧しい人たちに何かを施すために出かけて行ったと考えたとあります(一三ノ二一、二六~三〇)。しかし別の視点からすれば、彼の裏切り行為が主イエスを十字架上の死に追いやった時、いろいろな意味で、彼以上に貧しい人たちへの施しをなしえた者はなかったのです!
このお話の中でユダはマリアの献身の引き立て役となっております。彼女が主の御足に香油を塗った動機は私心のない愛であり、自己犠牲の行為でありました。一方ユダが彼女を批判した動機は貪欲と欺瞞に裏づけられたものでした。再度主は人の心に何があるかを知っておられることを示されるのですが、しかしユダの動機を人々に曝すことはなさいません。貧しい人々への施しといった社会活動はそれ自体非常に重要なものではあっても、十字架なしでは全く無意味となることをユダにも指摘し、主はマリアを擁護されます(一二ノ七、八)。主に栄光を帰すことは金銭よりもはるかに価値のあることでしたが、ユダは主に恥をかかせるため、間もなく銀貨三〇枚を受け取ろうとしておりました。
この場面の中で私共はマリアの全的献身の姿を見ます。彼女は自分の兄弟を救い、また彼女に代わって死のうとしておられる御方への感謝で震えております。主イエスに注いだ香料は一年余りにわたる苦労の末に手にしたものです(恐らくは売春のような屈辱的恥ずべき働きの結果のものであったかもしれません)。しかし、これは感謝の内に主イエスに全てを捧げようとする彼女の人生の象徴でした。ユダの反応がはっきりと示しておりますように、マリアのなしたような全人的奉げ物はほとんど稀なことです。「何と無駄なことよ」と人々は言います。「あなたは自分の人生でもっと偉大なことを成し遂げ得たのに、それをイエス如きに奉げて、何と無駄なことよ!」と。
ユダの示した反応はごく普通のことで人間的です。常識的にはマリアの行為は無駄なことと見えます。そのような出費の仕方に対し、一体どの教会理事会がこれを承認するでしょうか。人間的な理由付けからすれば、マリアは熱心になり過ぎて狂信的ですらあるということになります。献身的な人はしばしば私たちに不安感を与えます。しかし再度、彼女の行為を主はどのように感じられたのかを注意してみてください。マルコによる福音書一四章六節から九節に記録されているところによれば、主は言われます。「わたしに良いことをしてくれたのだ……。この人はできるかぎりのことをした……。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」
この世界はマリアに負債があります。彼女は主が十字架への道をたどっておられた受難週の中で唯一主を慰め得た人間です。この節の中で主イエスはいかにこの献身した魂を尊ばれたかを見ます。何度私は主をお慰めすることができたら良かったのにと考えたことでしょう。その額の汗をぬぐい、その十字架を共に担い、励ましの言葉を語り得る特権を与かることができたならどんなに大きな喜びであったろうかと思ったことでしょう。もし私がそれをできたなら。マリアはそれをなし得たのです!それは主にとって大なることであったのです。
今日でも私どもは主をお慰めすることができるのでしょうか。へブライ人への手紙は、今でも主を再び十字架につけてしまうことが可能であると告げております(ヘブライ六ノ四~六)。もしそれが可能というのなら、今でも、主を新たにお慰めすることも可能であると言えるのではないでしょうか。主に対する私共の全ての感情をも全的にお献げすることによって、主をお励ましすることができます。私共が主イエスを愛し主を褒め称え行くことは、主にとっては非常な喜びなのです!
あなたや私には、一体どのようにしたら、マリアのように献身した生き方が可能なのでしょうか。
まず第一に、そのような献身は唯一、自分以外の存在からもたらされるのであり、すなわち、主の御献身から、そしてそれへの応答としてのみ訪れるのです。私共は主を愛するのですが、それは主がまず私たちを愛してくださったからです。私たちは他者を赦すのですが、それは主に赦されているからです。マリアの思いの中心となっていたものは、主が十字架で殺されるということでした。主が彼女のために成してくださったことを理解し、主が御覧になられた価値判断で自分を見させていただくようになった時、彼女に全的献身の時が訪れました。そして、その全存在が献身の人となるようにと造り変えられていったのです。
第二に考慮すべき点はこうです。表現すると印象を深めるということを学びます時、私たちは信仰の表明に、より多く労力を注ぎ、疑いやつぶやきをより少なくしていくようになります。もっと多く主に対する感謝を表し、もっともっと失望を語らなくなるのです。もっと勇気づけを語るようになり、断罪や非難をもっと少なくして歩むようになるのです。このように意図して、自己表現を主に服従するように訓練して行きますと、私共の感情や反応は、ますます主イエスに献身した方向へと変えられて行きます。
私たちが主イエスに全的に献身するためには、最後にもう一つ、それは祈るべきであるという点です。私たちの間の最大の人物であっても、その感情には、的を射ていない部分があるのを見いだします。そんな折、主に全的献身をと願うあなたの小さな部分を大切にしてみてください。その願いを励まし、そのことについて祈り、御神にそのことを申し上げてみましょう。そうすれば、あなたのその部分の願いがますます強くなり、遂にはそれがあなたの人生を決定的に支配するようになります。私の経験からこのことを例示してみましょう。
私は、ニューヨークで独身の牧師でした。ある日、自分の会衆の中に、一人の美しい女性が入って参りました。彼女は故郷でのある問題から逃れて、ノースダコタからニューヨークへとやってきたのでした。良心的な牧師として、当然のことながら、一週に二~三回も彼女との聖書研究の時を持つようにいたしました。彼女に対する私のもくろみが、彼女の受洗を遥かに超えたところに行ってしまうのにはそう長くはかかりませんでした。私たちの関係が親密になって行くにつれ、しかしながら一つの問題がはっきりとしてまいりました。彼女は私の好む大都会に耐えられなかったのです。彼女の心は自分自身の故郷のような、木一つとてない大平原にあこがれてやまなかったのです。
受洗されて間もなくの頃、彼女の曽祖父が亡くなったという知らせが届いたのです。彼女と彼女の母は飛行機の片道切符を買うためお金を借り、その葬式に出席することになったのです。空港で、私は、彼女がもうここには二度と戻ってこない決心であることを感じ取りました。私はおずおずと、帰られる時には連絡してください、帰りの切符を送ってあげますからと言いました。それから、飛行機は飛んで行ってしまいました。私の心は全くの暗黒へと落ち込んで行きました。数日の間私は御神に向かって怒っておりました。「何故、あなたはこのようなからかい方をなされるのですか。彼女を取り去るようなことをなされて」。跪いて、必死になって私は御神に祈りました。たとえそれがあなたの御旨でなくとも、彼女を私の元に返してくださいと。言い換えると、私はこう祈っていたのです、「主よ、あなたの御旨ではなく、私の願いが叶えられますように」と。私は、逆巻く荒波の荒れ狂う海のような思いであったのです。
そのような暗闘の中にあって、しかし、静かで小さな声がささやいておりました。「もしそれが御神の御旨でなければ、そのような結婚は決して成功しないだろう」と。しかし、「そんなのはかまわない。私には彼女がいいのだ」と応答しております。しかし、どんな犠牲を払っても彼女をと願う一方、御旨への願いは最初一〇パーセント位、しかしそれは徐々に二〇パーセントとなり、祈り続けている内に、まことに驚くべきことに、御神の御旨が私にとって重きをなすようになってまいりました。数日して、私の願いは六〇パーセントで、御神の御旨をと願う心が四〇パーセントとなって行きました。
それからそんなに時を経ずして、ある夜の一一時頃、主の御前に跪いて、新しい心をお与えくださいと祈っておりますと、間もなく突然そのことが起こったのです。私は、何にも優って、主の御旨をこそ願っている自分を発見しておりました。私は祈りました。「主よ、感謝いたします。私を変えてくださったことを。たとえその御旨がどのようなものであろうとも、あなたの御心が成りますように。もし、彼女が決して戻って来ないとしても、私はあなたの御名を褒め称えます。たとえ、それがどんな結果になろうとも、主よ、私に対するあなたの御計画をなさってください」。何とも表現し難いひたひたと寄せる平安と安堵感とが私を包みました。私の全存在が主に献げられました。私が「アーメン」と言った丁度その時、これは決して大げさに言っているのではないのですが、アーメンの丁度同じ瞬間に、電話のベルが鳴りました。それはパムからの電話で、料金こちら払いでかかってきました。「今でも飛行機の切符を送ってくださるお気持ちがありますか」ということでした! これはもう三十年も前に起こったことです。彼女はまさに私の宝であり、それ以来、ずっと変わらない私の喜びの存在なのです。
御神は、マリアの場合そうでありましたように、もしも私たちがただ全的献身で自らを捧げるようになる時、私たちの心の切なる願いを喜んで叶えてくださるのです。私たちの感情はごく自然に高揚したり、落ち込んだりと変動いたしますが、主の御恵みによって、これらの感情をも、徐々に主の御旨に服していけるようにと変えられていきます。マリアを変えた御神は、今なお生きておられ、私共の献身をば願っておられるのです。そのような御愛に応えていくに優った喜びはないのです。
この記事は、ジョン・ポーリン(Jonathan k. Paulien)著、我妻清三訳『ヨハネー愛された福音書』からの抜粋です。
著者紹介
ジョン・ポーリーン博士
執筆当時アンドリュース神学院における新約聖書釈義の教授(2024年10月29日現在ロマリンダ大学教授)。7冊の著書、並びに100以上の雑誌記事や学術上の論文その他の出版物もある。ポーリーン教授は特にヨハネの手によるものと考えられている福音書や、書簡、黙示録などの研究の専門家である。仕事に一息をいれている時には、パメラ夫人並びに3人の子供たちと共にあることを喜びとしている家庭人でもある。
翻訳者紹介
我妻清三(わがつませいぞう)
1938年1月1日、宮城県生まれ。東北大学工学部、日本三育学院神学科卒。米国アンドリュース大学大学院(宗教学修士)、同神学院(神学修士、実践神学博士)修了。北海道静内、山形、木更津、芦屋、サンフランシスコ、刈谷、広島、茂原、光風台等で20余年の教会牧師。日本神学教育連合会・東北アジア神学校連合会幹事歴任。1990年来13年間三育学院短大・カレッジ神学科で教鞭。2003年4月退官時、教授・神学科長。牧師。結婚・家族関係カウンセラー。