福音書– tax –
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まだ悟らないのか
イエスキリストはパン種を例えに、弟子たちを教えていましたが、彼らはなかなか真意を理解できませんでした。そして、イエスキリストが以前行った奇跡についても同様に、その目的を理解していませんでした。 -
しるしを求める
人は誰しも証拠を求めたがります。イエスキリストを信じない当時のユダヤの宗教指導者たちもそうでした。また、イエスキリストを信じていた洗礼者ヨハネもそうでした。 -
パンは幾つあるか
以前、2匹の魚と5つのパンで5千人以上の人々の空腹を満たした事がありました。イエスキリストがその奇跡を行った事を知りながら、いま目の前にいる4千人の空腹に応える事は出来ない、と弟子たちは言います。なぜなのでしょうか? -
エッファタ
耳が聞こえず舌の回らない人がイエスキリストの元に連れてこられました。イエスはその人の耳に指を入れ、言われました。「エッファタ」。これは、開けという意味だそうです。 -
子犬とパン屑
異邦人であるギリシャの女性がイエスキリストに願い求めました。「娘から悪霊を追い出してください...」と。イエスと女性との意外なやり取りが始まります。なんと最初イエスはこの女性を冷たく遇らうのです。しかし、最後に願いは聞き入れられます。しかもイエスは彼女の信仰を高く評価したのでした。 -
人を汚すもの
イエスキリストの弟子たちが食事の前に手を洗わなかった事を、当時の宗教指導者たちが咎めたところから話は始まります。イエスは言われた「外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来る物が、人を汚すのである」と。...もちろんこれは食べ物の事ではありません。心の問題なのです。 -
形式主義
イエスキリストの時代、ユダヤには「コルバン」という制度が有ったそうです。年老いた親を養わないといけない場合、それから逃れるために自分の資産を「コルバン」だと言えば、親には何もしないで良くなる制度だったようです。一体どんな制度で、なぜそうなってしまったのでしょう。 -
掟の意義
イエス・キリストの時代、ユダヤの宗教指導者たちは、旧約聖書に残されている過去の苦い経験から、さまざまな規律を作っていました。しかし、それを長い間実行しているうちに、元々の意義が忘れ去られていました。 -
皆いやされた
逆風のため湖の上で漕ぎ悩んで一晩を過ごした後、ゲネサレトという場所に着いたイエスと弟子たちでしたが、ここにもイエスの話を聞こうと、大勢の人々が押し寄せて来ました。 -
心の鈍さ
先週のお話の、イエス・キリストが 5千人以上の人々に話を聞かせ、食事を取らせた、その後のことです。 新約聖書・マルコによる福音書6章45節 「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせ、その間にご自分は群衆を解散させられた。」 この後、また奇跡が起こります。今度は弟子たちに対してです。